カテゴリー「原子力の暴走と事故」の34件の記事

2008年7月29日 (火)

サクラ異常記者会見

「サクラと環境汚染・放射能汚染」を調べ発表している市民団体は、きょう参議院議員会館で記者会見をするそうです。

広島長崎への原爆投下以降、南太平洋はじめ核実験があいついだうえ、1986年のチェルノブイリ原発事故で、地球環境の放射能汚染は生態系を脅かしつづけています。
これ以上、大気も水も放射能で汚したらいかん!!

たんぽぽ舎からのメールを転載します。

Koutijoukouen7【以下転載】
■7/29サクラ異常記者会見のご案内

新潟県・柏崎刈羽原発付近のサクラ汚染・異変についての重大な内容に関して、サクラ記者会見が下記要領で行われます。

日 時:7月29日(火) 午後3時〜4時 説明4人×10分、質問20分位
会 場:参議院議員会館第6会議室(開場2時30分) (50人室)

内 容

1.柏崎刈羽のサクラの異常・地図と写真・・現地(新潟県)から/近藤ゆき子(刈羽村生命を守る女性の会)
 2.全国のサクラの状況・数字/司会 柳田 真(サクラ調査ネットワーク) 奥田智子(     〃    )
 3.柏崎刈羽原発の事故時の放射能/槌田 敦(元理化学研究所、元名城大学教授)
 4.米国スリーマイル島原発事故での植物の異常/菅井益郎(國學院大教授、市民エネルギー研究所)

  ※資料を用意します(サクラパンフ5集)カラー含む40頁の小冊子。


趣 旨

1.私たちは「サクラと環境汚染・放射能汚染」を調べ発表している市民団体です。相談役は市川定夫(埼玉大名誉教授、遺伝学、ムラサキツユクサ研究)、事務所はたんぽぽ舎(環境市民団体)内にあります。

2.5年間、全国各地で「サクラと環境、原発」を調査してきましたところ、今年、新潟柏崎刈羽原発周辺で「サクラの大異常」が発見されました。サクラの正常形は花ビラ5枚、ガク5枚ですが、そうでないものが多数みつかったのです。
それは、花ビラの変形、重なり、矮小化、花ビラ4枚や6枚、ガクの異常などなど・・・。
変形の数量は、昨年は5本の木、4609花を調べて異常は143、異常花率は3.1%でしたが、今年は4本の木、4000花を調べて、異常は912、異常花率は22.8%とグーンとはね上がりました。全国平均は2.89%です。

3.5年間、全国を調べて、今年、新潟柏崎刈羽のみが異常に高い異変サクラを検出した原因は何でしょうかサクラの芽が育つといわれている昨年の6月〜8月頃のできごととしては、新潟県中越沖地震と柏崎刈羽原発の重大事故(火災、放射能放出)があります。東京電力の発表でも通常時を上まわる、かなり大量の放射能(ヨウ素など)を出しました。
サクラの大異変と原発事故との関連を考えざるをえません

4.記者会見では、柏崎刈羽から、調査された方が写真をもって上京され、発言されます。私どもサクラ調査ネットワークが、全国の数字と市民調査の意義を述べ、2人の学者が柏崎刈羽原発の放射能の放出と米国スリーマイル原発事故の時の植物の異常発生(写真あり)を述べます

5.詳細は記者会見でご説明します。そのさい、写真、地図、資料集を用意します。

6.日本を代表するサクラの大異常と地震で傷ついた原発の放射能との関連、という重大な発表になると思います。ぜひとも取材していただけるよう、お願いいたします。

主催:「サクラ調査ネットワーク」
連絡先:たんぽぽ舎 記者会見・連絡担当 柳田 真
 03−3238−9035(午後)
【転載終わり/下線は転載者】


《写真は高知城公園内/げき撮影》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月28日 (月)

原発事故賠償より廃炉に

「原発の賠償準備金2倍に」を、7月26日付高知新聞夕刊ヘッドラインに見つけました。
■原発事故賠償1000—1200億円 文科省方針 準備義務付け額倍増/東京新聞夕刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008072602000259.html

原発事故の賠償額を倍増したところで、事故による被曝は、帳消しにはできません。
住民の被曝の危険性を回避するには、世界で起きる地震の20%が集中する、この地震列島で、エネルギーの原子力依存を止めることではないでしょうか。
柏崎刈羽原発はじめ、浜岡原発、伊方原発、島根原発、志賀原発、そして六ヶ所再処理工場など、すでに明らかな危険性が指摘されている原発から順次、廃炉にしてほしいものです。

Kochijokoen52【以下転載】
■原発事故賠償1000—1200億円 文科省方針 準備義務付け額倍増/東京新聞夕刊

 原発や使用済み核燃料再処理工場などの事故で住民らへの損害賠償が必要となった場合に備え、文部科学省は、電力会社をはじめとする原子力事業者に準備を義務付ける資金を、現行の六百億円からほぼ倍増させ、一千億円以上に引き上げる方針を固めた。

 準備金見直しは一九九九年以来。前回の見直し額が適用される前に起きた九九年の東海村臨界事故で、賠償額が想定を大幅に超えたことや海外の情勢、昨年の新潟県中越沖地震で原発が被災したことも考慮した。金額は一千億−千二百億円で調整中で、近く額を確定し、来年中に原子力損害賠償法(原賠法)を改正する。準備金は、原発や再処理施設一カ所当たりの額。

 原子力事業者は原賠法に基づき、通常の原子力事故に関しては民間保険に加入地震や噴火などによる原子力事故は政府と補償契約を結んでおかなければならない。民間保険では、保険会社が共同で原子力保険を引き受け、事故時には住民や周辺企業が受けた被害補償に保険金が充てられる

 臨界事故は原賠法が適用された初のケース。事故を起こした核燃料加工会社ジェー・シー・オー(JCO)への賠償請求は企業や農家の営業被害を中心に八千件で、賠償額は約百五十億円に上った。当時JCOに確保が義務づけられていた準備金は十億円。事故後の見直しで燃料加工施設は、扱うウランの濃縮度に応じ、最高百二十億円に改められたが原発や再処理工場で事故が起きれば、さらに規模が大きくなる恐れもあることから大幅な引き上げが必要と判断した。

 今回の見直しは、欧州諸国が参加するパリ条約が二〇〇四年に同様の資金確保について従来の約二倍となる七億ユーロ(約千百八十五億円)に引き上げたことや、昨年の新潟県中越沖地震で東京電力柏崎刈羽原発が被災したことも考慮したという。

 文科省原子力計画課は「健康被害や経済的打撃への救済能力は大幅に強化されるが、安全確保が大前提だ」としている。
【転載終わり/下線は転載者】


《写真は高知城公園内/げき撮影》

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年7月18日 (金)

もんじゅへのプルトニウム燃料輸送・抗議活動

1995年にナトリウム洩れ事故を起こした高速増殖炉/もんじゅですが、年内運転再開に向けた7月17日のプルトニウム燃料輸送(2回目)に対する抗議活動があり、その報告が届きました。
■高速増殖炉/もんじゅ
http://ja.wikipedia.org/wiki/もんじゅ

Muroto1【以下転載】
■「もんじゅ」へのプルトニウム燃料輸送(陸送)に反対し茨城と東京で抗議行動(第2回)

特殊原子炉「もんじゅ」(福井県内)へのプルトニウム燃料の輸送(トラック輸送)が7月17日、反対の中を強行されました。
たんぽぽ舎は、廃原発ネットワーク、核開発に反対する会(槌田敦代表)と共同して取り組み、茨城県東海村へ監視・追っかけ車を送りました(4名)。

□東京渋谷での抗議行動では中心をになって、横断幕(2枚)、ノボリ旗(1本)、マイクでのシュプレヒコールで、「もんじゅ」へのプルトニウム燃料輸送に市民は反対していることを示しました。

《横断幕(3枚)》
  (1)プルトニウムは長崎型原爆の材料 猛毒プルトニウムの燃料輸送をやめろ!
  (2)もんじゅを廃炉に。
  (3)もんじゅは核兵器級プルトニウムを17kg=原爆8発分を生産した。
日本核武装(準備)に反対する

 《コール》
  プルトニウム輸送反対! 猛毒のプルトニウム輸送やめよ!
  「もんじゅ」」の10月運転再開反対! 「もんじゅ」」を運転するな!
  核兵器級プルトニウムを作るな! 日本の核武装(準備)に反対!
  再処理工場を動かすな!
  再処理工場からプルトニウムを取り出すな!

□茨城県東海村現地では抗議の市民(10数人)を上回る人数の機動隊がものものしい警備をする中で、横断幕を広げて抗議活動がおこなわれました。輸送車は午後3時35分出発、そのまま追っかけへ。

□東京足立区では、核燃料輸送反対のグループが監視行動をおこないました。(足立区通過の時間をすぐ渋谷のメンバーへ知らせてくれました)

□東京渋谷では、約40名が首都高速を見下ろす横断歩道橋で、「まちを通る猛毒プルトニウム輸送反対」の横断幕とたんぽぽ舎の黄色のノボリ旗をかかげ、参加者による輸送反対のシュプレヒコールを数回くり返し唱和しました。
また輸送車が渋滞で遅れたため、その時間を活用して5つほどの団体がトークとアピールをしました。
【転載終わり】


《写真は室戸岬/中島健蔵さん撮影》
写真は【禁転載】でお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 3日 (火)

伊方3号機配管劣化最多

原発の配管の曲がり部分の厚さについて、このほど行われた調査で、愛媛県の伊方原子力発電所の3号機が、全国最多の102か所も配管劣化があったことが、経産省原子力安全・保安院の発表でわかりました。
■配管厚さ972カ所に問題 全国の原発、曲がり部分で/5月30日付三陽新聞ニュース
http://www.sanyo.oni.co.jp/newsk/2008/05/30/20080530010004141.html

伊方3号機は、猛毒プルトニウムとウランの混合燃料によるプルサーマル計画が、2010年にも実施予定です。同機は、1994年12月に運転開始の加圧水型軽水炉(PWR)で、14年目にして早くも配管劣化がいちばん進んでいるわけで、風下住民にはプル計画の受け入れなんぞとうてい容赦できません。

Hennro【以下転載】
伊方3号機 配管劣化最多曲がった部分102か所 厚さ減少/全国原発調査/5月31日付高知新聞

配管厚さ972カ所に問題 全国の原発、曲がり部分で/5月30日付三陽新聞ニュース

 原発の配管が曲がった部分のうち、厚さが減少し、残りの寿命が5年未満と予測される部分が全国の原発で計972カ所あることが判明したと、経済産業省原子力安全・保安院が30日、発表した。

 各電力会社は保安院に「次回の定期検査で実際に厚さを測定することにしており、それまでの健全性は問題ないことを確認した」と報告した。検査結果によって、必要な配管は交換するという。

 そうした部分があったのは全国の55基のうち31基最も多かったのは、四国電力伊方3号機の102カ所で、次いで東京電力福島第一原発1号機の77カ所。

 関西美浜3号機で2004年、厚さが薄くなった二次系の配管が破裂、高温の水蒸気が噴出し作業員5人が死亡した事故を受け、保安院は配管の厚さ管理の指針を造った。だが配管の曲がった部分は厚さを測定するのが難しく、今回は過去の測定結果から、配管の最も厚い部分と薄い部分の差を運転年数で割って配管が薄くなっていく割合を求めるなどして寿命を計算した。

 昨年11月、関西電力大飯2号機の配管曲がり部で、厚さが基準を下回っているのが分かり、保安院が電力会社に寿命を評価するよう指示していた。
(5月30日12時51分)
【転載終わり/下線は転載者】


《写真は大岐の浜/岡田充弘さん撮影》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月22日 (木)

原子炉定期点検の現場

原子炉は、中性子を吸収するホウ酸を用いて出力調整するのだそうです。そのホウ酸は、回収してくり返し使うため微量の放射能を含むそうですが、
伊方原発1号基の、ホウ酸を1次冷却水に送り込む配管の耐圧検査で、配管の圧力計を取り外した穴から約15リットルが漏れ、約1リットルが作業員に掛かったそうです。
放射線被曝はないと、報道されていますが・・・
■伊方原発:1号機でホウ酸配管水もれ、作業員3人浴びる 被ばくなし/5月22日付毎日jp愛媛
http://mainichi.jp/area/ehime/news/20080522ddlk38040495000c.html

このような作業手順の単純な操作ミスによる事故は、不慣れな下請け労働者に現場作業をおしつける原子力産業の日常に起因するのではないでしょうか。

Nangoku【以下転載】
■伊方原発:1号機でホウ酸配管水もれ、作業員3人浴びる 被ばくなし/5月22日付毎日jp愛媛

 県は21日、定期点検中の伊方原発1号機(伊方町、加圧水型軽水炉、出力56万6000キロワット)補助建屋4階にあるホウ酸供給ラインから水が吹き出し、作業員3人に掛かったと発表した。水に放射能は含まれず被ばくはなかった。

 県によると同供給ラインは、原子炉の出力調整のため、中性子を吸収するホウ酸を1次冷却水に送り込む配管ホウ酸は回収してくり返し使うため微量の放射能を含む

 同日は耐圧検査を行うため午前11時40分ごろ、この配管に放射能を含まない純水を注入したところ、配管の圧力計を取り外した穴から約15リットルが漏れた。約1リットルが作業員に掛かり、残りはポリ袋で受けて回収した。

 耐圧検査時は、配管の圧力計を外して検査用の仮設圧力計に交換するが純水を注入した時点では仮設圧力計が取り付けられていなかった上、根元の弁も開いており水が吹き出した。同社で作業手順に問題があったとみて調べている。
【転載終わり/下線は転載者】


《写真は南国の青蜻蛉/中島健蔵さん撮影》
写真は【禁転載】でお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月18日 (日)

伊方老朽原発停止を県に

「トラブル続きの伊方原発を止めよう!!」と、超党派プラス市民団体から成る "伊方等の原発の危険に反対する愛媛県民会議" が、県と四電に申し入れました。
■伊方原発:老朽原発停止と耐震対策、四電と県に申し入れ--県民連絡会議/5月14日付毎日jp愛媛
http://mainichi.jp/area/ehime/news/20080514ddlk38040687000c.html

そもそも、伊方のプルサーマルを阻止する署名運動から始まった私たち "原発さよならネットワーク高知" は、 "伊方等の原発の危険に反対する愛媛県民会議" と連帯し、共に歩みます。

Joutoukouen1【以下転載】
■伊方原発:老朽原発停止と耐震対策、四電と県に申し入れ--県民連絡会議/5月14日付毎日jp愛媛

 「伊方等の原発の危険に反対する愛媛県民連絡会議」(和田宰・代表幹事)は13日、四国電力と県に対し「トラブル続きの老朽原発の停止・廃炉計画と徹底的な耐震安全対策、プルサーマル計画の撤回を求める申し入れ」を行った。

 申し入れ書は、伊方原発1、2号機で通算5回にわたり湿分分離加熱器の割れが見つかったことについて大地震の巨大な揺れがきた場合に、耐えられるのかというのは当たり前の不安」として、稼働後30年を超えた1号機の停止・廃炉に向けた対策耐震安全性に関するデータ公表と徹底的な対策実施3号機プルサーマル計画の中止--を求めている

 県庁では同連絡会議の中尾寛・事務局担当幹事らが、門野利之・県原子力安全対策推進監に申し入れ書を手渡した。門野推進監は、相次ぐ同加熱器トラブルについて「県も原点に帰って指導を強化したい」と回答原子炉の高経年化や廃炉問題については「今後(無条件に)さらに30年(の運転が)大丈夫とは考えていない。国は毎年の定期検査ごとに厳格に安全を確認する。県も四国電力の長期保全計画を十分確認したい」などと語った。
【転載終わり/下線は転載者】


《写真はニオイバンマツリ/げき撮影》

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年5月15日 (木)

"もんじゅ"へ核燃料輸送

高速増殖炉"もんじゅ"への核燃料輸送情報が届きました。
プルトニウムを乗せた輸送トラック3台が、パトカーに先導されて首都高速を疾走しているのです。
映画『東京原発』のシーンを思い出します。テロリストやおかしな人間が狙いませんように・・・

【以下転載】
 5月15日午後7時15分頃、プルトニウム燃料(MOX燃料)を積んだ輸送トラック3台がパトカーに先導されて、首都高速道路三号渋谷線渋谷駅付近を通過しました。

 16日早朝にはもんじゅに着くと見られています。


 兵器級プルトニウムを製造可能なもんじゅの稼動(といっても出力が不安定な低出力運転がせいぜいで、臨界になるかどうかも不透明)を秋に控えて、7月にももう一度輸送があると言われています。
 95年のナトリウム火災に加え、最近でもナトリウム漏えい検出器の欠陥が発覚、また燃料そのものの劣化もあり、起動しても重大事故を引き起こす恐れのある原子炉を無理矢理動かそうという背景には六ヶ所再処理工場を本格運転したいこととあわせ、兵器級プルトニウムの蓄積もあると思っています。

■追加情報

19:08 都内青山通過(首都高速) 陸橋のところ
19:14 渋谷通過

06:25 もんじゅ到着
【転載終わり】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月14日 (水)

"もんじゅ"へのプルトニウム燃料輸送に反対!!

あす5月15日(木)、高速増殖炉"もんじゅ"へのプルトニウム燃料が輸送されるそうです。
1995年12月のナトリウム洩れ事故で水素爆発の危機にあった"もんじゅ"は、事故後10年以上にわたって莫大な維持管理費を浪費してきました。そのリスクの大きさから世界中が撤退した高速増殖炉に、日本だけがなぜか固執しています。

■もんじゅは今/福井新聞社/2005年
http://www.fukuishimbun.co.jp/monzyu05/

Kochijokoen52【以下転載】
■もんじゅは今/福井新聞社/2005年

1 揺れた「存在」
 http://www.fukuishimbun.co.jp/monzyu05/index.html#1201

2 前例ない長期停止
 http://www.fukuishimbun.co.jp/monzyu05/index.html#1202

3 "実戦"ない現場
 http://www.fukuishimbun.co.jp/monzyu05/index.html#1203

4 信頼回復への道
 http://www.fukuishimbun.co.jp/monzyu05/index.html#1204

5 変転した訴訟
 http://www.fukuishimbun.co.jp/monzyu05/index.html#1205

6 エネ拠点化の中核
 http://www.fukuishimbun.co.jp/monzyu05/index.html#1206

7 再び組織改編
 http://www.fukuishimbun.co.jp/monzyu05/index.html#1207

8 実用化目標「2050年」
 http://www.fukuishimbun.co.jp/monzyu05/index.html#1208
【転載終わり】


《写真は高知城公園/げき撮影》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月11日 (日)

大間原発敷地内に私有地

本州最北端、青森県大間町に建設予定の大間原発用地は、買収を拒否した私有地が全体の3%強あるにもかかわらず、あの「核廃は120%安全」発言の甘利経産大臣が4月23日設置許可処分を出したのだそうです。
原子力という国策のまえには民意が反映されないのです。

ひきつづき原子力資料情報室通信407号(5月1日発行)から、連載「大間原子力発電所を問う」第1回の記事をご紹介しましょう。
■原子力資料情報室
http://cnic.jp/

Koutijoukouen42【以下抜粋引用】
■敷地中央に未買収地

 大間町は、対岸の北海道との間の津軽海峡を回遊するまぐろの一本釣りで有名な町です。

 大間原発の最大の問題は、敷地のほぼ中央に「未買収地」(買収除外地)が存在することです。全体で約132万平方メートルの建設予定地の1%強を占め、原子炉建屋予定地にかかるこの土地は、故熊谷あさ子さんの所有地です。

 「大間の自然はお金には換えられない」というあさ子さんの遺志をひきついで、いまは遺族が守っています。

 この熊谷さんの土地のほかにも、全体で約2%の未買収地が残っている状態で、大間原発を建設・運転する電源開発(当時特殊法人、2004年から株式会社)が1999年に原子炉設置許可を申請、国もそのまま受けとるという乱暴な方法で、大間原発は進められてきました

 このような土地の敷地境界で安全審査上問題ない被曝量となるカラクリは、今後の連載の中でとりあげます。・・・
【引用終わり/下線は引用者】


《写真は高知城公園/げき撮影》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 5日 (月)

転写される水の力

『アレクセイと泉』に描かれた世界と、現代のこの国の私たち暮らしぶりとでは、まったく違うと感じます。
人間は、あんなにも力強く、しなやかで、こころやさしく関わり合っていたのですね。この国の社会状況がいかに殺伐としているか、いかにたいせつなことを見失って生きているか、感じます。

Shimanto6【以下引用】
■転写される水の力

ベラルーシ共和国のちいさな村。

村の老人たちは、およそ生活するために必要なすべてのものを自分たちで作る。篭を編む、毛糸を紡ぐ、機を織る。農作業も、泉の修復工事も、何もかも自分たちでおこなう。その彼らの暮らしには「遊び」と「仕事」の区別はない。全部ひっくるめて「暮らし」なのだった。

いまも彼らはベラルーシ共和国の放射能の残るブジシチェ村において、静謐に水を湛える泉とともに暮らしているのだ。たとえようもなく質素に美しく、それにひきかえ、私のザマは何だ。正直に言って、落ち込んだ。偉そうに生活者面して生きているが、実際には何ひとつ生きていくために必要なことができないじゃないか・・と。

それでも、私は絶望していなかった。何の根拠もなく、ふつふつと自分のなかに生きる力を感じていた。

私のなかに「泉」が転写されてしまったのだ。映画を観終わったとき、すでに、私のなかにあの小さな村の「泉」が存在していた。水の力は、どんなハードディスクにもインストールできるアプリケーションのようなものだ。

汚染されることなく湧き続ける水のエナジーは、時空を越え、画面を越えて、観る者のなかに転写される。そして動きだす。
【『アレクセイと泉』パンフレットから抜粋引用】


《写真は四万十川/中島健蔵さん撮影》
写真は【禁転載】でお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年5月 4日 (日)

いのちの水

『アレクセイと泉』で記録されたブジシチェ村に湧きでる泉は、不思議です。水の星/地球を循環する水に思いをはせると、人間の存在のちっぽけさを感じます。

Shimanto2【以下引用】
■いのちの水の泉へ

この映画のブジシチェ村に湧きでる泉の水は、いつ地表に降りそそいだ雨や雪なのだろう。

16、17世紀までは、とくにヨーロッパでは、泉は地下の奥深くにひそむ、巨大な貯水池から湧出されると信じられていた。地学の参考書によると、いまでは「降水起源説」が定説になっている。

雨や雪が地表から地下に浸水し、ふたたび地表へ湧きでるその周期は地形や地質によって異なるけれど、100年から1000年単位の幅があると言われる。

原発事故で汚染されたブジシチェ村ーそのなかで唯一、清らかな水が湧き続ける泉も、100年後には、おそらく放射能が検出されるだろう人間が狂わせた循環
【『アレクセイと泉』パンフレットから抜粋引用/下線は引用者】


《写真は四万十川/中島健蔵さん撮影》
写真は【禁転載】でお願いいたします

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 3日 (土)

汚染の大地と汚れなき泉

『アレクセイと泉』は、もっともっと大勢のみなさんと共有したい、素敵な映画でした。美しい映像とブジシチェ村の人びとの暮らしぶりを反芻しています。
しかし、思わず微笑んでしまうような心ゆたかな暮らしぶりを続ける人びとのうえに、チェルノブイリ原発から拡散した放射性物質が容赦なく降下していた・・・

Shimanto3【以下引用】
■汚染の大地と汚れなき泉/プロデューサー

ベラルーシの東端に位置し、コヴピタ川の向こうはロシア連邦になる国境にブジシチェ村はある。ここから180キロ離れたウクライナ共和国チェルノブイリ原子力発電所が大爆発事故を起こしたのは、1986年4月26日未明のことだった。折からの南風に乗って、拡散した放射性物質の70%がベラルーシに降下した。国土の30%が半永久的に汚染の大地と化し約170万人がそこに住み続けている

95年の秋、ゴメリ州チェチェルスク保健局の放射能測定士タチアーナ・ブジリーナさんが「チェルノブイリと同じくらい汚染された森がある」と案内してくれたのが、ブジシチェ村だった。・・広葉樹と針葉樹がほどよく混ざりあい、木立から射し込む陽の陰影が清々しい、美しい森。放射能は、この木々の間に浮遊している。1平方キロ当たり60キューリー、100キューリー・・・。事故直後40キューリー以上が強制移住地域だったことからすれば、汚染度の高さが再認識される。

・・・村の真ん中に泉が湧いていた。村人たちは、飲み水に、家畜や裏庭の野菜のためにこの水を使っている。不思議なことだった。森やとりこわされた学校の跡地は、まだ放射能汚染がひどいというのに、この泉の水はきれいだった。チェチェルスク保健局で測定したら「ゼロ」。放射能は検出されなかった。・・・
【『アレクセイと泉』パンフレットから抜粋引用/下線は引用者】


《写真は四万十川/中島健蔵さん撮影》
写真は【禁転載】でお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月29日 (火)

アレクセイの村

『アレクセイと泉』は、いつまでも余韻がこころに響く、素敵な映画でした。パンフレットを読みながら、あの映像とブジシチェ村の人びとの暮らしぶりを反芻しています。
■『アレクセイと泉』
http://www.ne.jp/asahi/polepole/times/sosna/alec/

Shimanto3【以下引用】
■画面に溢れる ロシア文学の香り/ロシア文学研究者

アレクセイの村は、トルストイが描いたイワンの村*そのものだ。・・・

もう僅かな人しか残っていない村では、アレクセイも年寄りたちも、たえず自然と言葉を交わす。ウマやネコ、ガチョウや魚に、歌うように語りかける。おそらく、柳や白樺、野原や泉にも。

アレクセイがカエルを見つけて「姫君」「美人だね」と呼びかけるのは、ロシアなら誰でもが知っている昔話「イワン王子とカエル姫」からきているのだろう。今でもロシア人は「うちのカエルがやきもちを焼くからなあ」などと言うことがあるようだが、人との会話に忙殺される都会人は、自然と会話する術をとっくに失っている。・・・

アレクセイの村では、働きながら歌をうたう。泣きたいときも、踊りあがりたいときも、うたう。その声が汚染された大地のうえを広がってゆく。・・ロシア人は歌なしでは暮らせない。

この村の人たちは自給自足だ。労働もお互いに助け合うだけだから、金が意味をなさない。だから「金を貯めて・・」などとは考えない。年金もすぐにウオトカになってしまう。まさにイワンの村だ(汚染さえされていなければ!)
・・・

ばかのイワンがいなくなり、利口な人間で溢れるようになった現代社会に対する、本橋成一監督の、物静かだが厳しい問いかけが迫ってくる。

*「イワンのばか」ーL・トルストイの作品。発表された当初、行政機関と教会から二重検閲で再刊禁止となる。理由は「現在の社会機構のすべてが一方的に非難されている」「この本は軍隊、金銭、科学、売買、皇帝のない国家の可能性と肉体労働謳歌の思想を展開している
【『アレクセイと泉』パンフレットから抜粋引用】


《写真は四万十川/中島健蔵さん撮影》
写真は【禁転載】でお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月28日 (月)

もんじゅの維持費

1995年のナトリウム洩れ事故で水素爆発の危機にあった高速増殖炉もんじゅは、長期間の停止で核燃料が劣化、
今年10月の再起動??に向け核燃料を交換するという。
再起動は危険すぎると思うのですが・・

■もんじゅ燃料交換で地元が了解/4月26日付産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/politics/local/080426/lcl0804261156000-n1.htm
■原子力機構(日本原子力研究開発機構)
http://www.jaea.go.jp/index.shtml

いつまでも幻の再起動を追いかけるので、もんじゅの維持費は莫大な金額にのぼっています。国民の苦しみを無視した医療福祉制度改悪の一方で、何たる空費・・・

なぜ、もんじゅの維持費に年間数億円も浪費しているのですか?/文科省
http://www.monju.mext.go.jp/qa/sonota/qa024.html#top

Hharisennbonnjpg【以下転載】
■なぜ、もんじゅの維持費に年間数億円も浪費しているのですか?/文科省

おこたえ:
1 「もんじゅ」は、ナトリウム漏えい事故後、炉は停止していますが、プラントの安全性を確保するため、法令に定められた点検・検査に加え、放射線監視設備、計測制御設備、電源設備等の維持管理が必要です。

2 文部科学省としては、安全性を確保しつつ、これらの経費が合理的で適切な規模となるよう、今後とも日本原子力研究開発機構に適切な対応を求めていく考えです。


■もんじゅ燃料交換で地元が了解/産経ニュース

 福井県は26日、高速増殖炉もんじゅ(敦賀市)で日本原子力研究開発機構が予定している燃料交換計画を了解した。もんじゅは平成7年のナトリウム漏れ事故から長期間停止しており、燃料が変質したため原子炉の再起動には交換が必要となっている。交換には地元の事前了解が必要だった。
 計画では燃料集合体198体のうち78体を未使用の保管燃料と交換して原子炉を起動し、出力40%で運転。その後、新たに製造する燃料を加えて100%出力に到達させる。
 原子力機構は10月の運転再開を目指している。
【転載終わり/下線は転載者】


《写真はハリセンボン/岡田充弘さん撮影》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月23日 (水)

危険な話

きのう、高知市内で出会った高校生たち10数人に「チェルノブイリ原発事故って聞いたことある?」と尋ねてみました。意外にも、半数近くが「知ってます」「聞いたことはあります」と答えてくれました。プイと無視した高校生もいましたが・・・

チェルノブイリ原発事故から22年が経とうとする今、あらためて、広瀬隆さんが全国で続けた講演の記録『危険な話/チェルノブイリと日本の運命』を読み直しています。
当時、ソ連は事故の事実を国民はおろか世界に対しても発表せず、事故から3日経った4月29日になって、日本の新聞は「ソ連で原発事故か」「北欧に強い放射能」「大気からコバルト検出」と報道したのです。

原子力のもたらす事故の大きさは、地球環境と人類の脅威であるにもかかわらず、情報が広く共有されない理由の背景を、広瀬さんは深く追求なさいました。
■広瀬隆『危険な話』八月書館1987/『新 危険な話』新潮文庫1989

Shimanto2【以下引用】
■チェルノブイリで何が起こったか

・・・ウクライナの穀倉地帯といっても、チェルノブイリから南へ130キロほどのキエフという街は、もともとロシア民族が最初に建設した国家があったということから分かるように、このあたりが民族にとっても、一番肥沃で重要な地帯でありますそのど真ん中で、世界で最大の、史上最悪の危険な事故が起こってしまったわけです。

チェルノブイリは世界でもっとも安全な原子炉として注目され、ソ連が大いなる誇りとしてきたものです。

その立派なチェルノブイリが爆発で吹き飛んでしまい、・・・
200種類を超える死の灰が、低く見積もっても10億キューリー前後は噴出してしまった・・・

■原子力産業とジャーナリズムの正体

たいへんな事実がなぜ隠され、誰がマスコミの口封じをしているのか。・・これがエネルギー問題や平和利用でないことは、人間と金の流れを追えばすぐに分かります。・・・

東西対立だのSDIだのと騒ぎながら、肝心の核兵器の原料が、西側から東側へ運ばれ・・、東西対立などはウソではないかと感じました。アメリカとソ連が頂点に立って、それぞれ小国を支配するためのゲームを創作しているのではないか、という推理が成り立ってもおかしくはない。・・・

そこでソ連を調べてみると、案の定、・・西側諸国と堂々と取引をしている。しかも相手が・・モルガン銀行である。・・・

チェルノブイリの事故経過を観察していると・・予期していたとおりの人物が、大事故の収拾に乗り出し、あっと言う間にこの巨大惨事をなんでもないものに鎮静化したのです。・・米ソの仲介役として登場したアーマンド・ハマーという名の男です。・・・

困惑したソ連首脳がハマーの知恵にすがりついた。するとたちまち、国連のなかにあるIAEA(国際原子力機関)が動きだした。ソ連がIAEAの幹部をモスクワに招いて、ウクライナ一帯の放射線量を毎日通報することになったのですが、何と私たちには公開しない。みなさんは国連すなわち国際平和のシンボルと思ってしまうかもしれませんが、とんでもない。

・・広島と長崎に原爆を投下した人間たちが戦後ただちに国連に原子力委員会を設立しました。そのアメリカの原爆独占のために発足したシンジケートから、今日のIAEAが誕生しているのです。・・・

全国どこでも、テレビ局や新聞社が原子力関係者に金融支配されています。
その中心となっているのが・・原子力産業会議で、これがIAEAの下部組織として動いています。・・・

日本人ほどほとんど何も知らされていない国民は世界でも珍しい完全に世界から取り残されている、という状況に置かれているわけです。
【広瀬隆『危険な話』1987 p9〜30, p252〜257, p270 より引用/下線は引用者】


《写真は四万十川/中島健蔵さん撮影》
写真は【禁転載】でお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月22日 (火)

チェルノブイリ原発事故を風化させない

日曜日の夕刻、高知在住の外国人による『土佐弁ミュージカル』に集まる人びとに、県立高知追手前高校芸術ホール前で、「『アレクセイと泉』上映と写真展」のチラシを配りました。
「高校生以下は無料の映画と写真展です」と声をかけると、全員の方が受けとってくださった。客層に共通した雰囲気は、開放的で、ユーモア好きで、知性をくすぐるのが好き・・・という印象で、とても愉しかった。母校の時計台を見上げながら約25分間、ふたり組の高校生に最後の1枚を渡し、155枚完了。あれなら、300枚はいけたのにな・・・・

Shimanto3【以下引用】
■核爆発だったチェルノブイリ事故

チェルノブイリ原発4号炉は、1986年4月、保守のため停止する予定であったが、その機会にタービンの惰性を用いた緊急発電のテストをすることになった。これは、事故で停止したとき、電源を数十秒だけ確保することが目的であった。4月26日午前1時23分にテストを開始。1時24分ごろ、原子炉は暴走状態となり、2回の爆発をともなう事故となった。・・・

目撃者たちによれば、爆発が2回たてつづけに起こったという。燃焼塊と火花が、炉の上空高く吹き上げられた。・・・

一般に、核爆発は原爆特有のもので、爆発温度は100万度から1億度に達すると誤解されている。しかし、核分裂の連鎖反応により核燃料に高圧ガスが発生し爆発すれば、そのような超高温にならなくとも核爆発である。爆発温度は核燃料が気体になればよいのであるから、数千度でも十分に核爆発とみなしてよい

チェルノブイリ事故の場合、炉心の3〜4%、つまり、6〜8トンの核燃料が環境に放出された。破片として放出されたのは敷地内だけで、その量はわずか0.3〜0.5%であり、大部分は、1ミクロン以下から10ミクロンのエアゾルであった

ウランなどのエアゾル生成の機構としては、核燃料そのものの完全気化とその微粒子への凝結がもっとも理解しやすい。・・・すべての核燃料成分のガス化による核爆発ということになる。これは、原爆の核爆発と同じものなのである。
【槌田敦『エネルギーと環境』第2章 原子力事故と災害 p34〜41より引用/下線は引用者】


《写真は四万十川/中島健蔵さん撮影》
写真は【禁転載】でお願いいたします。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2008年4月13日 (日)

日立の原発計算ミス17基

原発は安全だと推進派は強調するけれど、来る日も来る日も、全国あちらこちらで原発関連事故や問題の発覚が報道されています。これもそのひとつだけれど、大事故につながらないという保障はどこにもありません。

■原発17基、配管強度の計算不備 日立のプログラムミス/asahi.com
http://www.asahi.com/national/update/0410/TKY200804100310.html

Kai【以下引用】
■原発17基、配管強度の計算不備 日立のプログラムミス/asahi.com

 東京、東北、中部、中国、北陸と日本原子力発電の電力6社と日本原子力研究開発機構は10日、原発16基と高速増殖炉もんじゅの配管の強度計算に使われているプログラムに誤りがあり、配管にかかる力が本来より小さく見積もられていたと発表した。プログラムは日立製作所が80年に作成、各事業者とも誤りに気付かないまま使い続けていた

 東電などは、運転中の原発についてミスがあった配管部分の強度を計算し直した結果、いずれも許容値を下回って余裕の範囲に収まっていたという。経済産業省原子力安全・保安院は、安全性に影響はないとみているが、停止中を含めた全機の再計算結果と再発防止策を今月末までに報告するよう指示した。

 プログラムは配管の分岐部分にかかる力(応力)の計算に使われる。蒸気による圧力や地震による力、機械の作動に伴う力などが考慮されるが、その一つである自重に伴う力が見積もられていなかった。自重の占める割合は比較的小さく、日立製作所は「これまで気付かなかった。ご迷惑をかけ、申し訳ない」としている。

 プログラムミスは、新潟県中越沖地震で柏崎刈羽原発の配管にかかった力を検証する過程で、4月上旬に判明。それまでの原発施工時に出した国への申請や、今年3月に各事業者が提出した新耐震指針による再評価は、間違ったプログラムで計算していた
(2008年04月10日21時51分)
【引用終わり/下線は引用者】


《写真は土佐湾の貝たち/岡田充弘さん撮影》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 9日 (水)

原子力空母の事故は・・

米軍原子力空母G.ワシントンが横須賀港に今年8月配備予定だそうです。原子力空母の原子炉は、原発より事故を起こしやすく、首都圏に大きな被害をもたらす危険性があることを、原子力資料情報室通信406号(2008年4月1日発行)の記事で知りました。
■原子力資料情報室
 http://cnic.jp/

0724ashizuri【以下、一部改変引用】
■原子力空母の原子炉の事故の危険性

1 原子力空母の原子炉は、商業用原子力発電所にくらべ、事故を起こしやすい

2 三浦半島活断層群の直下型地震が起きる確率は相当高く、そのときに横須賀基地に原子力空母が入港していた場合、・・原子力空母の原子炉が緊急停止した後の崩壊熱を除去する発電所・変電施設が破壊され、また座礁や海面低下によって原子炉を冷却する海水取り入れが困難になる

3 さらに地震時には米海軍が主張する非常用補助電力システムもダメージを受け、自然対流で冷却する崩壊熱除去システムも作動する保障はない

4 その結果、原子炉は冷却不能となって炉心の温度が上昇、ジルコニウムと水が反応して熱と水素を発生させ、核燃料がメルトダウン大規模な水蒸気爆発が格納容器や船体を破壊原子炉から放射性物質が周辺環境に大量に放出される・・・
【引用終わり/下線は引用者】


《写真は足摺岬/中島健蔵さん撮影》
写真は【禁転載】でお願いいたします。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年4月 7日 (月)

旧ソ連型原発に投資とは

1970年代の旧ソ連の原発設計に基礎を置くスロバキア原発への8億ユーロの共同融資に、みずほ銀行が参加。共同融資に参画する各国の銀行に対し、融資を再考するよう呼びかける国際キャンペーンも始まっているそうです。
あのチェルノブイリ原発事故から、もうすぐ22年になろうとしています。
もう二度と、大事故を繰り返してはなりません。

■原子力資料情報室は、みずほ銀行宛てに送る、取りやめを求める手紙(下記参照)の賛同団体を募っています。
賛同される団体は、賛同団体名、代表者(担当者)名を、下記メールアドレスへ。
 cnic@nifty.com
締め切りは、4月14日(月)です。

Niyodomura【以下引用】
株式会社みずほコーポレート銀行
齊藤宏 取締役頭取 様

■スロバキアのモホフチェ原子力発電所3・4号機建設への融資について

 報道によれば、貴社は、スロバキアのスロヴェンスク電力に対する8億ユーロの共同融資に参加されるとのことです。融資された金額の85%は、同電力の投資計画に従い、モホフチェ原子力発電所3・4号機の建設に利用されると見られています。また、スロヴェンスク電力の株式の大半はイタリアのENEL社が持っています。

 モホフチェ3・4号機は現在検討されている原子力関連の投資の中では最悪のもののひとつです。西ヨーロッパのどの国も、今日このような原子力発電所の建設を許可しないでしょう。建設されようとしている原子炉は1970年代のロシアの原発の設計に基礎を置いています。ロシア製原発は後に品質改善が多く行われたにもかかわらず、なお、この設計は国際的な安全基準を満たしていないと考えられます。中でも、この設計・システムでは格納容器を備えていないことが問題です。格納容器は大事故時に放出された放射能を閉じ込めるためのものであり、また、テロリストがハイジャックした飛行機で激突するといったような外からの衝撃から原子炉を守るためのものです。

 ENEL社とスロバキア政府は、この建設に対して環境影響評価を行わないことで合意しました。これは共産党時代の1986年に行われた建設許可が、その後10年以上も着工されずに放置されていたにもかかわらず、現在も有効であるとの認識に基づいています。このことが意味することは、計画段階に市民の適切な意見参加がなかったこと、さらに通常行われている「越境環境影響評価(EIA)に関する国連欧州経済委員会条約」(ESPOO条約、EIA条約)による、周辺諸国の意見聴取を行わなかったということです。共産党時代に行われた環境影響調査研究は今日の環境影響評価の仕様に適合していません。そして、ヨーロッパ議会はスロバキア政府が環境影響評価の実施を求めていないという事実に関して調査を始めました。このことから明らかなように、この建設計画は貴社が採用している「赤道原則」に適合していません。

 モホフチェ原発3・4号機の建設には大きな環境リスクと投資リスクが伴うことに疑いの余地がありません。スロバキア電力に融資を供与しようとしているコンソーシアムの主導銀行INGはすでに当銀行の融資した資金がモホフチェ3・4号機の建設に使われることのないように表明しています。私たちは貴社にたいしてこの融資に参加しないことを求めます。

2008年4月15日

差出人名・団体一覧

原子力資料情報室
共同代表 伴 英幸

グリーンピース・ジャパン
事務局長 星川 淳

「環境・持続社会」研究センター(JACSES)
持続可能な開発と援助プログラム
プログラムコーディネーター 田辺 有輝

国際環境FoE Japan
開発と環境チーム 清水 規子
【引用終わり/下線は引用者】


《写真は仁淀村/中島健蔵さん撮影》
写真は【禁転載】でお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 6日 (日)

事故から22年目の日に

チェルノブイリ原発事故から、もうすぐ22年たちます。地球汚染を加速した、あの大事故を風化させず、これ以上の放射能汚染をさせないよう、静かに訴える映画と写真展を企画しました。
22年目の4月26日に1日早い4月25日(金)、『アレクセイと泉上映と写真展を、高知市の県立美術館ホールで開催します。
■『アレクセイと泉』HP
http://www.ne.jp/asahi/polepole/times/sosna/alec/

Shimanto3■映画は、14時、16時、18時、20時の4回上映

■写真展は、13時半から20時まで

■入場料、前売1200円、当日1500円、高校生以下は無料です。
前売は、高新プレイガイド、チケット・ミュージアムなどで好評発売中。ご予約は事務局まで、ご連絡を。

■主催、原発さよならネットワーク高知

■上映協力、原水爆禁止高知県民会議&高知県原水爆対策協議会

■第60回高知市文化祭参加行事です。


なお、会場で、

■海に空に放射能を流さないで署名運動(六ヶ所再処理工場本格稼働阻止)&高知県に核廃を埋め捨てさせない県条例制定署名運動

■「原発さよなら通信」の配布

■『ロッカショ』、『エネルギーと環境』、『腐蝕の連鎖』など書籍販売

を予定しています。


《写真は四万十川/中島健蔵さん撮影》
写真は【禁転載】でお願いいたします。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年3月 1日 (土)

臨界事故を風化させない

1999年に起きたJCO臨界事故が、住民の健康に影響を与えたか否かが問われた民事訴訟で、核燃料加工会社JCO東海事業所と住友金属鉱山に健康被害の補償を求めた原告住民の訴えは退けられました。

■TBSニュース
http://news.tbs.co.jp/20080227/newseye/tbs_newseye3790441.html
■東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/20080228/CK2008022802091110.html

Manbo■臨界事故を風化させない

判決後、会見した大泉さんは「結果は残念だが、決して負けたという気持ちはない。健康被害の解決を最優先するのが人間的な対応だと思う」と無念さをにじませた。
妻の恵子さんは「少し期待していたけれど、(判決を聞いて)頭が真っ白になりました。期待していた自分がばかだったんだなと。(ただし)事故の風化を防止する役割は果たせたと思う」と涙声で語った。

■司法が原子力行政に屈した

原告側の海渡雄一弁護士は「司法が原子力行政に屈した判決と言わざるを得ない」と批判。


《写真はマンボウ/中島健蔵さん撮影》
写真は【禁転載】でお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 4日 (月)

高速増殖炉の開発協力

なんぼゆうたち(いくらなんでも)、それがたまるか(それはたいへん)!!
これまで繰り返してきた原子力開発関連の大事故から、いったい何を学んできたのでしょうか・・
こりない面々は、日米仏の原子力産業の当事者たち。
ナトリウムを冷却剤に用いる高速増殖炉の危険性は体験済みでしょうに。
■NPJ動画ニュース「動燃が隠そうとしたもんじゅナトリウム漏れ直後のビデオ」:
http://jp.youtube.com/watch?v=Wm3yuygUXQ0
■2月1日付毎日新聞電子版:
http://mainichi.jp/select/science/news/20080202k0000m040124000c.html

Naminori■高速炉:実証炉の研究開発で日米仏合意

 日本と米国、フランスの3国は1日、ナトリウムを冷却材に使った高速炉の実証炉研究開発や実用化に向け、協力することで合意した。技術や安全基準を共通化することで、研究開発の効率化や建設コスト削減などにつなげることが狙い。6月までに報告書をまとめる。

 経済産業省などによると、高速炉の設計目標や安全原則の設定、技術革新などを対象に協議する。2月中旬にワシントンで初会合を開く

 日本の計画では、2050年までに高速炉の一種、高速増殖炉を商業ベースで導入するため25年ごろに、商業化の一歩手前となる実証炉の運転開始を目指している。【河内敏康】
(毎日新聞 2008年2月1日 21時34分/下線は引用者)


《写真は波乗り/岡田充弘さん撮影》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月11日 (金)

伊方原発トラブル39件

「"温暖化災害"が急増/洪水6倍、暴風雨4倍/1980−2006年」は、1月9日付高知新聞朝刊トップ記事でした。
際限のない欲望が、人類と地球の未来をつぶそうとしているように感じるのは、私だけでしょうか。

2010年プルサーマル計画のある愛媛県伊方原子力発電所は、昨年1年間に39件トラブルがあり、なかでも、1977年に運転開始して30年経つ1号基が16件と、最も多かったそうです。
老朽化した全国の原発を、定期点検の周期を延長して稼働率を高めようという方針が昨年だされましたが、巨大災害の誘因になりはしないか、心配です。原子力産業にとって、住民の安全より、稼働率という収益の果実のほうが大切なのでしょうか、それだけ死の灰は増えるのに・・
NHK松山放送局ニュース:
http://www.nhk.or.jp/matsuyama/lnews/05.html

Niyodomura■原発トラブル 去年は39件

伊方町にある四国電力の伊方原子力発電所で、去年、発生した機器の故障などのトラブルの件数は39件で、おととしとほぼ同じですが、去年、運転開始から30年になった1号機では16件と、3つの原子炉の中で最も多く老朽化対策が課題となっています。

四国電力によりますと、去年1年間に伊方原発で発生した機器の故障などのトラブルの件数は39件で、おととしより1件多くなっています。
これを施設ごとにみますと、1号機で16件、2号機で7件、3号機で10件、共用の施設などで6件となっています。

このうち、件数がもっとも多い1号機では、去年4月に蒸気の加熱装置で蒸気の流れを制御する板の溶接が不十分だったため、ひびが入っているのが見つかったほか、去年6月には同じ装置の配管とバルブのつなぎ目から蒸気が漏れ出すトラブルも起きています。

1号機は、去年9月に運転開始から30年になりましたが、国は老朽化対策を行えば、さらに30年間運転を続けても、安全性に問題はないとする審査結果をまとめています。
また2号機も4年後には運転開始から30年になることから、伊方原発では老朽化対策が課題となっています。
(下線は引用者)


《写真は仁淀村/中島健蔵さん撮影》
写真は【禁転載】でお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 6日 (土)

角砂糖5個分で日本全滅

〜プルトニウム 角砂糖5個分で日本全滅!?〜
再処理を止めるために11月18日、日比谷野外音楽堂に集合(パーティー)、行進(パレード)するそうです。同時多発ですって。高知市でも計画しようっと・・
NO NUKES MORE HEARTS ストップ再処理パーティー&パレード 2007.11.18@日比谷野音」の、公式(仮)ホームページ:
http://www.nonukesmorehearts.org/

Shimanto61118 この日は東京と青森で、今までにない同時多発パーティー&パレードを開催します。
危険な原発や再処理工場を止めようと、ワカモノたちも声をあげはじめた。
こんなにたくさんの人たちが、今の日本のエネルギー政策にちょっと待った〜!声をあげている。
原子力より自然力。わたしたちはそういう未来を選びたい。
世代をこえて 地域・団体をこえて Now Action!


自然保護を考えている高知県民をなめたらいかんぜ!!
みなさんの意志表示で核廃棄物拒否条例を制定しようではありませんか。六ヶ所村での再処理を止め、伊方のプルサーマルを止めるためにも。「高知県・核廃棄物拒否条例請願署名用紙」最終集約用をダウンロード


《写真は四万十/中島健蔵さん撮影》
写真は【禁転載】でお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月30日 (日)

JCO事故から8年

二人の下請け労働者が、十分な情報もなく、安全対策もないまま被曝、死亡した、痛ましいJCO事故から、今日で8年になります。あの事故こそ、原子力政策を放棄すべき理由になったはずではないでしょうか。

Hharisennbonnjpg☆★東海村臨界被曝事故8周年東京圏行動★☆
講演集会
9月30日(日)13:00〜17:00 全逓会館9Fホール(JR水道橋駅西口下車 徒歩2分)

講演
 ●高知県東洋町町長 澤山保太郎さん
「放射能高レベル廃棄物・東洋町の選択」
小泉改革の地方切り捨て、格差拡大の疲弊にあえぐ「地方」の怒りと抗議の声を聴きましょう。札束をどんなに積まれても、良心を売らない人々がいることに気がつきましょう。
原発とその廃棄物は霞ヶ関に集約するしかない時が来るでしょう。

 ●元柏崎地区労議長 佐藤正幸さん
「柏崎刈羽震災の現場から」
原発と佐藤さん宅の直下が震源域だった柏崎刈羽震災、その真実を聞くことができます。再会のための調査ではなく、閉鎖のための調査を求めましょう。今回の教訓を学び、全ての原発を止めなければ、日本版チェルノブイリは避けられません。

 ●増山麗奈さん
郷里新潟の現地へ行き柏崎原発を見て感じたことについて発言します! 全国の人に、原発震災は柏崎にとどまるものではないことを熱く語りたい!

休憩を挟んで

 ●東海村住民被曝者原告 大泉恵子さん
 「被曝体験その2 民事訴訟最終陳述書を中心に」
昨年時間切れで半分しか話せなかった被曝体験の「パート2」を話してくださいます。最終弁論目前の民事裁判に注目しましょう。

 ●東京圏行動実行委員会委員長 望月彰さん
「東海村臨界事故の原因と責任」
昨年7周年集会で、厳密な論証の文章を読み上げたが、今年は同じことを図解したり、別の切り口からの説明を加えて、わかりやすく報告します。

 ●「もんじゅ西村裁判」原告 西村さん
「もんじゅ西村裁判支援アピール」
 ●「核開発に反対する会」代表 槌田敦さん
「もんじゅ運転再開反対署名アピール」

◆協賛 週刊金曜日◆


自然保護を考えている高知県民をなめたらいかんぜ!!
みなさんの意志表示で核廃棄物拒否条例を制定しようではありませんか。六ヶ所村での再処理を止め、伊方のプルサーマルを止めるためにも。「高知県・核廃棄物拒否条例請願署名用紙」最終集約用をダウンロード


《写真はハリセンボン/岡田充弘さん撮影》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月16日 (日)

核ずさん管理/米研究所

米ニューメキシコ州の核開発機関ロスアラモス国立研究所での核のずさん管理は今に始まったことではない。4年前にも、放射性廃棄物をプレハブ小屋に放り込むなどと報道されています。
http://hotwired.goo.ne.jp/news/culture/story/20030121204.html

Ookinohama1核ずさん管理13年以上/一覧表 実物と照合せず

ロスアラモス国立研究所が貯蔵しているプルトニウムなど核物質の一覧表を13年以上作成せずにずさんな管理を続けていたことが、米エネルギー省の監査報告書で分かった。
報告書によると、・・・一つ一つを実際に確認して一覧表を作った形跡がないなどの不備があった。新たに貯蔵された核関連物質の記録がないケースもあり、報告書は知らないうちにプルトニウムなど核物質が流出する可能性があると指摘。研究所に内部システム改善を促している。
(9月14日付高知新聞より一部引用/下線は引用者)


自然保護を考えている高知県民をなめたらいかんぜ!!
みなさんの意志表示で核廃棄物拒否条例を制定しようではありませんか。六ヶ所村での再処理を止め、伊方のプルサーマルを止めるためにも。「高知県・核廃棄物拒否条例請願署名用紙」最終集約用をダウンロード


《写真は大岐の浜/岡田充弘さん撮影》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月28日 (火)

シャラポア選手がチェルノブイリを支援

8月27日付高知新聞夕刊に「女子テニスのシャラポア選手が、原発事故のあったチェルノブイリを来年訪問し、被災地の支援活動を行なう計画を明らかにした」と、20歳の彼女のチャーミングな笑顔の写真入りで、大きく報道されていました。テニスに明け暮れた時期のある私には、嬉しいニュースです。

Shimanto2チェルノブイリ原発事故があったとき、彼女の母親エレーナさんはシャラポアを身ごもっており、事故によって拡散される放射能汚染の恐怖におびえていた。両親は事故地から130km北のベラルーシから逃れてシベリアに移住、ちょうど1年後にシャラポアが生まれた。
シャラポアは2月、国連開発計画(UNDP)の親善大使に任命された。来年のウィンブルドン選手権後にチェルノブイリを訪問する予定だ。
米フロリダを本拠にするシャラポアだが、自分の「ルーツ」を忘れたことはない。2月、UNDPのチェルノブイリ支援事業に10万ドル(約1150万円)を寄付した。
生涯獲得賞金が900万ドル(約10億3500万円)に達する彼女は、親善大使として2年契約を結んだが、1年の報酬は形だけのわずか1ドル。
(8月27日付高知新聞夕刊スポーツ面より抜粋引用)


高知県民をなめたらいかんぜ!!
みなさんの意志表示で核廃棄物拒否条例を制定しようではありませんか。六ヶ所村での再処理を止め、伊方のプルサーマルを止めるためにも。「高知県・核廃棄物拒否条例請願署名用紙」をダウンロード


《写真は四万十川/中島健蔵さん撮影》
写真は【禁転載】でお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月23日 (月)

チェリャビンスク 3

地球上で一番放射能で汚染されたチェリャビンスクをご紹介する最終回です。
スラオミール・グリュンベルグによるドキュメンタリー:
http://www.logtv.com/films/chelyabinsk/

Koutijoukouen7_3The cinema verite style encourages these disclosures.A woman talks casually in her own kitchen, Dr. Romanov in his office, Dr. Kosenko among her files.The people are unposed and unprepared to dissemble of put a good face on things.The camera allows us to see that the victims, who were so proud to live where the Soviet Union produced its first atomic weapon, to some degree collaborate in their own undoing: Faced with death and the increasing weakness of each generation, they do not move away, they do feel helpless, and they strive more for financial remuneration that for a cleanup or resettlement.In the final interview, Dr. Romanovinsists that nobody died as a result of the 1957 explosion.Because the interviews seem so informal both to the victims and their victimizers, the camera captures a glimpse not just of a black-and-white situation, but of something much more complex: The victims are not saints, and while the officials are unpleasant, they were also victims of the propaganda of the Cold War, fe d on patriotism, and, of course, threatened with labor camps should they reveal the secret of Mayak.

映像が真実を伝えるという様式は、こうした暴露を勇気づけた。女性は自分の台所で何気なく話したし、ロマノフ医師は彼の診察室で、コセンコ医師は彼女のファイルの間で語った。人々は自然のままで、物事にいい顔をするよう取り繕うような準備もなかった。カメラによって、私たちは、次のことがわかった。すなわち、犠牲者たちは、ソビエト連邦が最初の原爆を製造した所に住むことを、とても誇りにしていたのだが、彼ら自身がある程度何もしないことで協同しているということが、わかったのである。世代ごとに死亡する人や弱まる人が増えることに直面して、彼らは逃げ出さず、救いがないと感じ、引き払うか再定住のための金銭的な支払いのためにいっそう努力した。最後のインタビューで、ロマノフ医師は、1957年の爆発の結果として誰一人死んでないと言い張った。なぜなら、インタビューは犠牲者と、犠牲を強いた者の双方にとてもうちとけた感じであったので、カメラは、ただ明瞭な状況だけではなく、何かもっと複雑なものの瞥見をもとらえたのである。犠牲者たちは聖者ではない。他方、役人たちは不機嫌であり、愛国心を盛り込まれた、冷戦の宣伝の犠牲者であり、そして勿論、マヤークの秘密をもらした場合には、強制労働収容所行きで脅されていたのである。


When they evacuated us... they made us sign a form saying that we wouldn't reveal state secrets. Of course, we knew what that meant... People knew where we were from, and were afraid of us; they thought we might be contagious.They shied away from us like people do now if you have AIDS. - Sofiya Khrylenko, retired teacher from an orphanage

彼ら(当局)が私たちを避難させたとき・・彼らは、私たちが秘密を明かさないという署名書式を私たちに書かせた。もちろん、私たちはそれが何を意味するか知っていた。・・人々は私たちがどこから来たか知っていたし、私たちを怖がっていた。人々は、私たちから接触感染するかと考えた。それで、人々は私たちからすばやく遠ざかった。まるで今、AIDSにかかった人に人々がするように。  ソフィア・クリレンコ、孤児院の退職教師


The reasons for making this film are clear: the story of these people needs to be told, and needs to be shown to the Western audience, as well as the Russian one.The film operates on three levels: the most immediate is that of a region in crisis, a region where people expect to live to be 50, perhaps 55, where as many as 90% of the children suffer from chronic illnesses.They deserve attention and help at least as much as the victims of Chernobyl.

この映像フィルムを製作した理由は明らかだ。犠牲になった人々の顛末は、語られる必要があり、西側の聴衆およびロシアの聴衆にもまた、見てもらう必要がある。フィルムは3段階だ。最も直接的なレベルは危機にある地域であり、人々が50歳になるか、たぶん55歳になるまでは生きるとする地域であり、90%の子供たちが慢性疾患に煩わされるような地域である。彼らは、少なくともチェルノブイリの犠牲者たちと同じくらいの注意と救援を受けるに値する。


But the story is also a cautionary tale.Because this is not one cataclysmic even, one explosion, one calamity resulting from short-term carelessness, but the effects of a long term policy of skewed priorities, the film also illustrates the dangers of allowing a government to put military secrets above its people.

しかし、顛末はまた、警告的な話でもあった。なぜなら、これは、ひとつの大変動でも、ひとつの爆発でも、短期間の不注意によるひとつの災難の結果でもなく、長期にわたる歪んだ優先順位による政策の結果である。フィルムは、軍事機密を人々(の幸福)より優先させる政府を許してきた危険性をもまた、描いている。


Finally, it is a story about the dangers of nuclear power and the production of nuclear weapons.

最後に、これは原子力と核兵器の製造がいかに危険であるかという顛末でもあった。


Nobody knows anything about us.Chernobyl happened, but that's Europe.The pollution reached Europe, and the whole world was upset.But us, out here in the backwoods of Russia? Nobody knows about it, nobody in the world cares about the fate we've sealed for ourselves here. - Farida Shaimardanova, Muslyumovo teacher

私たちのことは誰も知らない。チェルノブイリは起きた。それはヨーロッパでのこと。放射能汚染はヨーロッパに届き、世界中の人々が憤った。けれど、私たちについては、ヨーロッパの外のロシアの僻地の私たちについては、どうでしょうか? 誰もそんなこと知らないし、ここで私たち自身が封じ込めた私たちの運命について、世界の誰もかまってはくれない。  ファリンダ・シャイマルダノフ、ムスリュモフの教師

「チェリャビンスク」をダウンロード


高知県民をなめたらいかんぜ!!
みなさんの意志表示で核廃棄物拒否条例を制定しようではありませんか。六ヶ所村での再処理を止め、伊方のプルサーマルを止めるためにも。「高知県・核廃棄物拒否条例請願署名用紙」をダウンロード


《写真は高知城公園/げき撮影》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月22日 (日)

チェリャビンスク 2

「テチャ川」と聞き、報道を思い出す方もいらっしゃるでしょう。
21世紀核時代/負の遺産(1)/中国新聞:
http://www.chugoku-np.co.jp/abom/nuclear_age/former_soviet/010916.html
21世紀核時代/負の遺産(2)/中国新聞:
http://www.chugoku-np.co.jp/abom/nuclear_age/former_soviet/010923.html
ロシア通信社 ノーボスチ:
http://www.rian-japan.com/news/details.php?p=265&more=1
NNN 核の清算:
http://www.youtube.com/watch?v=Y87ixLi10qo

Koutijoukouen3_1"The Most Contaminated Spot on the Planet" is a journey, starting on a train which, after 36 hours, brings me from Moscow into the city of Chelyabinsk, the administrative center of the province and home to over a million people.The city sprang up during the Second World War, when Stalin moved weapons production to the isolated region.It would go on to produce 50% of the Soviet Union's tanks.This gave the city its nickname, "Tank City."

「地球上で一番放射能汚染したところ」は、ひとつの旅である。列車に乗ることから始まって、モスクワから36時間かけてチェリャビンスクに入った。その町はその州の首都であり、100万人以上の人々のふるさとだ。この町は、第2次世界大戦中に急にできた。スターリンが兵器工場をこの人里離れたところに移したからだ。そこでは、ソヴィエト連邦の戦車の50%を生産し続けたようだ。このことからチェリャビンスク市は「タンクの町」のあだ名をもらった。


From there, the camera travels to the villages of Muslyumovo, Brodokalmak, Tishma, and the town of Argayash.The villagers of Muslyumovo and Brodokalmak were never evacuated from the banks of the contaminated Techa River.Authorities moved the villagers of Tishma in the late 1950's, but only a few kilometers, leaving the locals' grazing land along the banks of the Techa.Argayash is the home of the Sunrasin family resettled after the 1957 explosion.Through Idris Sunrasin, we learn the radiation's death toll on one family: his grandmother, parents, and three of his eight siblings have already died of cancer.Idris himself is dying of stomach cancer and Argayash, a town of 10 thousand, falls within one of the most radioactive zones in the province, according to Russian environmentalists.

チェリャビンスク市から、カメラはムスリュモフ、ブロドカルマーク、ティシマという村々、アルガヤシという町を旅した。ムスリュモフ村とブロドカルマーク村の住民は、放射能汚染されたテチャ川岸から、まるで避難させられなかった。当局は、ティシマの村民を1950年代末に移住させたが、(移住先は)わずか数キロメーターしか離れていなかった。地元民たちが家畜に牧草を食べさせるテチャ川岸の土地を置いたままだったので。アルガヤシ町は、1957年の惨禍の後スンラシン一家が再び定住した、一家の生まれ故郷であった。アイドリス・スンラシンをとおして、私たちは、放射能汚染による家族の死傷者数を知った。すなわち、彼の祖母、両親、兄弟8人中3人が、すでに癌で死亡していた。また、アイドリス自身は胃癌で死にかけており、人口1万人の町アルガヤシは、ロシアの環境問題専門家たちによれば、地方で最も放射能汚染された地域のひとつであった。


"We're all sick. As for the children, I don't know. It's some kind of dying generation." - Lena Morozova, 32

「私たちはみな病気。子どもたちはと言えば、どうなっているのでしょう。死にゆく世代のよう。」レーナ・モロゾフ、32歳。


The camera interviews people from all walks of life: Simple farmers and shepherds, teachers, doctors, factory workers and environmental activists from the association Kishtym-57. Officials who represent the Mayak complex and doctors who work for the infamous FIB, the institute devoted to testing the region's people for radiation, are also interviewed.Until 1988, FIB also kept secret the cause of the cancers and chronic illnesses, even from the patients themselves.

カメラは、すべての階層の人々にインタビューした。すなわち、知識の乏しい農業者や羊飼いたち、教師、医師、工場労働者たち、キシティム57協会からの環境保護活動家たちも。マヤーク複合施設を代表する役人たち、悪名高いFIBで働く医師たちもまた、インタビューを受けた。FIBは、地域住民の放射能汚染を測定してきた研究所である。FIBはまた、癌や慢性疾患の原因を、患者自身に対してさえも秘密にしてきた。


The private citizens tell us the stories of being kept in the dark, ineffectively resettled or not resettled at all, the deaths in their families from cancer, their children's chronic illnesses, and their inability to move out of this contaminated area.The mullah of the largely Muslim village of Muslyumovo says simply, "It is the will of God."The villagers tell us that they do not because their roots are there, because they have no money, because their fear the ability to get a job elsewhere, because they know no other life.One man says simply: "You can't escape your fate."

普通の市民たちは私たちに、闇に閉じ込められてきた顛末、すなわち、避難民を避難先で定住させることがうまくできなかったか、あるいは全く再び定住させられなかったこと、避難民の家族に癌による死亡者たちがあること、避難民の子どもたちの慢性疾患、そして、この放射能汚染地域から移住していくには避難民たちは無力であることを語った。主としてイスラム教徒の村であるムスリュモフの、ムッラー(イスラムの法・教義に深く通じた人に対する尊称)は、あっさりと「神のご意志だ」と言った。村民たちは私たちに、彼らの出自がそこにあるという理由からではなく、彼らにお金がなく、よそで仕事を得られるかという懸念、彼らはほかのどんな生活をも知らないという理由から、(ほかの土地に避難して)行けないと語った。ひとりの男は飾らずに「人は自分の運命からは逃げられない」と言った。


When the camera visits doctors, we learn that the horrifying illnesses faced by the people are compounded by the authorities' refusal, until about three years ago, to even acknowledge that cancer existed in the region.We visit a renowned osteopath whose patient tells us that many, many children in the area of the Mayak complex are born without hands, legs, and feet.

カメラが医師たちを訪ねたとき私たちは、3年ほど前まで、住民たちが直面する病気の恐ろしさ(恐るべき病気)が、さらにその地域には癌が存在するということさえ認めようとしない当局(当局の拒絶)によって増幅されていることがわかった。私たちは名高い整骨医を訪ねた。その整骨医の患者は私たちに、マヤーク核複合施設地域内のたくさんの子どもたちが、手も脚も足もなく生まれたと話した。


We're nothing but guneia pigs here... They don't give a damn about us.

私たちはここではモルモット(ギニアの豚 guinea pig )実験材料でしかない・・彼らは私たちを気にもかけない。


There aren't many births, the women don't want to have children. Who needs more cripples? - Men gathered at the Muslyumovo store.

たくさんの赤ちゃん誕生は、そこにはない。女性たちは、子どもたちをもとうとはしない。だれが、障害児をもっとほしがるでしょう? 男性たちはムスリュモフの店に集まった。


The camera visits Dr. Genady Romanov, the head of the nuclear complex's research institute.His reactions illustrate the official view of the continuing mismanagement of radioactive waste.When I mention my conversations with local doctors about the high cancer rate in the region, he replies: "What doctors?The Muslyumovo doctors?They're ignoramuses.They're all ignorant about nuclear biology and radiology."

カメラは、核複合施設研究所長である、ジェナディ・ロマノフ医師を訪ねた。彼の反応は、放射性廃棄物の管理の失態を続けていることについての公式な見解を説明する。その地域の高い発癌率について地域の医師たちと話し合ったことを私が述べると、彼は「どの医師か? ムスリュモフの医師か? 彼らは知ったかぶりの馬鹿者たちだ。彼らはみな、核生物学や放射線学について無知だ」と応えた。


Interviews with villagers reveal the presence of the Institute of Biochemistry, called FIB, which has been checking the residents for radiation since the late 1950s, but neither told them the cause of their illness, nor treated them.The camera travels to FIB and talks to Dr. Kosenko, who has worked in the institute for over 30 years: "They didn't know anything, and we had no right to tell them that they had been irradiated.All this information was top secret, because the factory produced weapons-grade plutonium... If someone had found out that in some area there were people who had been irradiated, then it would have been possible to find the factory.That's why these people weren't given any information about radiation."

村民たちへのインタビューが、FIBと呼ばれる生化学研究所の存在を明らかにした。FIBは、1950年代末から住民たちの放射能汚染を調べてきたが、住民たちの病気を治療するどころか、住民たちに病気の理由を説明することすらしてこなかった。取材班はFIBを訪ね、研究所で30年以上働いてきたコセンコ医師と話した。彼女は「住民たちは何も知らされていなかったし、彼らが放射能に汚染されてきたなどと告げる権限は、われわれにはなかった。こうした情報のすべては最高機密だ。工場が兵器級のプルトニウムを生産していたのだから・・もしある区域に放射能に汚染された人間がいると明らかにされたたなら、工場あるということが分かってしまうだろう。それが、住民たちに、放射能に関するどんな情報も知らせない理由だ」と語った。


The authorities' cover-up of the situation expands, as we learned from yet another doctor that until recently, doctors were not allowed to give cancer as a cause of death: "Write something else, either a stroke, or a severe heart attack, or even chronic heart disease, basically any of those accompanying factors.But to just put down cancer as a cause of death was just not allowed."

事態についての当局の隠蔽工作はさらに拡大した。最近になるまで医師たちが死因が癌であると診断することができなかったということを、ほかの医師から私たちは教わった。「何かほかの(診断名を)記入せよ。脳卒中とか、重症の心臓発作とか、慢性心疾患だとか、基本的に、そうした付随する病因である何かを記入せよ。しかし、死因として癌であることを記入することだけは、けっして許されなかった。」


The camera returns to Dr. Kosenko at FIB, where we see her in a room with thousands of files.She explains that even at FIT they were not allowed to write "radiation sickness" on the patients' charts: "We were given instructions to indicate it with initials, and the three letters were ABC.Wherever we see that abbreviation... all of us who work here knew that it was radiation sickness."

カメラはFIBのコセンコ医師のもとに戻った。そこで彼女はたくさんのファイルのある部屋にいた。彼女はFIB内でさえ、当局は患者たちのカルテに「放射能による病気」と記入することを許可しなかったと説明した。「われわれは、イニシャルでそれ(放射能による病気)を示すよう指導された。そして、その3文字とは、ABCだった。どこでもそんな省略形を見たなら、ここで働くわれわれはみな、それが放射能による病気であると知っていた。」


When I left the region in March of 1992, I promised the friends I had made to return soon.When the next summer comes, I am once again on the train to Chelyabinsk.My camera revisits the people in the contaminated areas.I meet kids fishing on the Techa River, where my Geiger counter shows that the fish they've just caught contains twenty times the normal radiation."We eat these fish," they tell me, and add sarcastically, "It's like they say, 'you can't infect the infected'."

1992年3月に私がその地域を離れるとき、私は友人たちにまもなく帰ってくると約束した。次の夏がきて、ふたたび私は、チェリャビンスクに向かう列車に乗っていた。放射能汚染された地域の人々を、私のカメラは再訪した。テチャ川で釣りをしている子供たちに出会った。そこで子供たちが捕まえたばかりの魚に、私のガイガーカウンターは通常の20倍の値の放射能が含まれることを示した。「僕らはこの魚を食べるよ」と子供たちは言い、「すでに感染したものを感染させられない、ってこの魚が言っているようなんだ」と皮肉たっぷりにつけ加えた。


The camera then travels to the village of Tishma, which was rebuilt several kilometers from the contaminated Techa in the late 1950s.Anisa Nineeva explains that the village's problems have not been solved: "Only eight kilometers from us there's a radioactive waste containment facility...[the trucks that carry the radioactive waste] come right through our village... And right alongside [the Techa River] is our collective farm... That means we cut our hay there, drink that milk."

カメラは、それからティシマ村に行った。ティシマ村は放射能汚染されたテチャ川から数キロメーター離れたところに1950年代末に再建された。アニサ・ニネーヴァは、村の問題は解決されてはいないと説明した。「私たちの住むところから、わずか8キロメーターのところに放射性廃棄物の貯蔵施設がある・・【放射性廃棄物を運ぶトラックが】まっすぐ私たちの村を突っ切る。・・そして、ちょうど【テチャ川】沿いの川岸は、私たちの集団農場です。・・つまり、そこで私たちは干し草を刈り、それ(を餌にした牛の)ミルクを飲むということです。」


We go with Anisa to see her grazing land and Anisa is shocked to tears when our Geiger counter's needle repeatedly goes off the scale, showing forty times the normal background radiation."This is terrible news for me.What should I do now?This is where half the village has been cutting hay since 1956."

私たちはアニサと一緒に、家畜に草を食ませる土地を見に行った。ガイガーカウンターの針がくりかえし目盛を振り切れるのを見て、アニサは衝撃のあまり涙を浮かべた。放射線量は通常の40倍を示していた。「これは私には恐ろしいニュースです。いま、どうすればいいの? ここは、村の半分(の住民)が1956年から干し草を刈ってきた場所です。」


高知県民をなめたらいかんぜ!!
みなさんの意志表示で核廃棄物拒否条例を制定しようではありませんか。六ヶ所村での再処理を止め、伊方のプルサーマルを止めるためにも。「高知県・核廃棄物拒否条例請願署名用紙」をダウンロード


《写真は高知城公園/げき撮影》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月21日 (土)

チェリャビンスク 1

原子力が人類と共存できない第1の理由は、放射能汚染が生態系にとりかえしのつかない災禍をもたらすこと。放射能汚染に鈍感になり、それを隠蔽すれば、私たちの世代ばかりか、未来世代にまで負の遺産をのこします。

Kochijokoen52_7チェルノブイリよりひどい放射能汚染地帯があると知り、翻訳を試みました。
この英文と翻訳をご紹介するにあたり、お断りしておかなければなりません。
1)自分用に勝手に翻訳をしています
2)著者にコンタクトをとっていません
3)日本語訳をすることについて著者の許可も取っていません
4)しかし、内容をみなさんと共有する緊急性があり、勉強のために試訳をしているにすぎません
サイトをご紹介いただき、添削していただいたSさんに、深く感謝いたします。
もとの英文は下記にあります。
スラオミール・グリュンベルグによるドキュメンタリー:
http://www.logtv.com/films/chelyabinsk/


CHELYABINSK :
The Most Contaminated Spot on the Planet

チェリャビンスク:地球上で一番放射能汚染したところ


For forty-five years, Chelyabinsk province of Russia was closed to all foreigners.Only in January of 1992 did President Boris Yeltsin sign a decree changing that.Shortly afterwards, I made my first trip to this region, which later Western scientists declared to be the most polluted spot on earth.

ロシアのチェリャビンスク州は、45年間にわたって外国人に閉ざされていた。ただ、1992年1月になって初めて、ボリス=エリツィン大統領がその法令変更に署名した。その後、短期間、私は、西側の科学者たちが後になって地球上で最も汚染された地域だと断言するこの地を、初めて訪ねた。


In the late 1940's, about 80 kilometers north of the city of Chelyabinsk, an atomic weapons complex called "Mayak" was built. Its existence has only recently been acknowledged by Russian officials, though, in fact, the complex, bordered to the west by the Ural Mountains, and to the north by Siberia, was the goal of Gary Powers's surveillance flight in May of 1960.

1940年代末、チェリャビンスク市の北80キロメートルほどに、「マヤーク」と呼ばれる核兵器製造複合施設が建設された。その存在は、最近になってようやくロシア政府によって公式に認められた。実際には、その複合施設は、西にウラル山脈、北にシベリア湿原と接しており、1960年5月のゲイリー・パワーの監視飛行の終着点ではあった。


The people of the area have suffered no less than three nuclear disasters: For over six years, the Mayak complex systematically dumped radioactive waste into the Techa River, the only source of water for the 24 villages which lined its banks. The four largest of those villages were never evacuated, and only recently have the authorities revealed to the population why they strung barbed wire along the banks of the river some 35 years ago.Russian doctors who study radiation sickness in the area estimate that those living along the Techa River received an average of four times more radiation than the Chernobyl victims.

その地域の住民は3回もの原子力の大惨事(❶❷❸)を経験した。マヤーク核兵器複合施設は、6年以上にわたって放射性廃棄物を組織的にテチャ川に投棄した。テチャ川は、川岸に並ぶ24の村の唯一の水源だった。テチャ川沿いの村のうち大きな4つの村はまるで(住民を)避難させられなかったので、最近になってようやく、当局は地域住民に対して、なぜ35年も前にテチャ川岸に沿って有刺鉄線を引いたかを明かした。この地域で放射能による病気を研究していたロシアの医師たちは、テチャ川沿いに生きているものたちが、チェルノブイリの犠牲者より平均4倍以上の放射能を被曝したと判断した。ー❶


In 1957, the area suffered its next calamity when the cooling system of a radioactive waste containment unit malfunctioned and exploded.The explosion spewed some 20 million curies of radioactivity into the atmosphere.About two million curies spread throughout the region, exposing 270,000 people to as much radiation as the Chernobyl victims.Less than half of one percent of these people were evacuated, and some of those only after years had passed.

1957年に、その地域は第2の惨禍に見舞われた。それは、放射性廃棄物を収納する装置の冷却系統がうまく作動せず爆発したというものだった。爆発は2千万キューリーもの放射能を大気圏にばらまいた。およそ2百万キューリー(の放射能)が地域一帯に広がり27万人の人々がチェルノブイリの犠牲者と同じくらいの放射能にさらされた。27万人のうち0.5%以下の人々は避難させられたが、何人かの避難は、その後何年もしてからであった。ー❷


The third disaster came ten years later.The Mayak complex had been using Lake Karachay as a dumping basin for its radioactive waste since 1951.In 1967, a drought reduced the water level of the lake, and gale-force winds spread the radioactive dust throughout twenty-five thousand square kilometers, further irradiating 436,000 people with five million curies, approximately the same as at Hiroshima.

3回目の惨事は10年後に起きた。マヤーク複合施設は、そこから出る放射性廃棄物の投棄場所としてカラチャイ湖を1951年から使用してきた。1967年、干ばつが湖の水面を下げ、強風が放射能のごみを2万5千平方キロメーター一帯に広げ、さらに43万6千人の人々が、広島での被爆量とほぼ同じ、500万キューリーの放射能にさらされた。ー❸


In the past 45 years, about half a million people in the region have been irradiated in one or more of the incidents, exposing them to as much as 20 times the radiation suffered by the Chernobyl victims.

過去45年間に、この地域の、およそ50万人の人々が、こうした惨事のうちのひとつかそれ以上によって被曝しており、彼らはチェルノブイリの犠牲者がこうむった20倍の放射能にさらされた


高知県民をなめたらいかんぜ!!
みなさんの意志表示で核廃棄物拒否条例を制定しようではありませんか。六ヶ所村での再処理を止め、伊方のプルサーマルを止めるためにも。「高知県・核廃棄物拒否条例請願署名用紙」をダウンロード


《写真は高知城公園/げき撮影》

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年7月14日 (土)

ドイツの原発火災続報2

6月28日のドイツの原発火災について、7月13日付の続報を送っていただきました。

Koutijoukouen7_2ドイツの原発事故 続報
 (ニュースソースはシュピーゲルSPIEGEL-ONLINE、7月13日付)

 6月28日、北ドイツシュレースヴィヒ・ホルシュタイン州内のクリュメル原発で変電設備の火災が発生し同原発が緊急停止した事故で、運転を担当するスウェーデンのヴァッテンファル社に対して地元刑事警察当局は、刑事責任(業務上過失傷害他)を問う準備に入った。会社が事故当日の運転員と責任者名を隠そうとしたため、検察は家宅捜索の許可を申請するところまで行ったが、結局会社側が氏名を提供したので、当事者の聴取を行った。緊急停止自体が不当で、停止操作に不手際(早すぎた)があったことも明らかになって、会社側広報は苦しい言い訳を余儀なくされている。
  連邦政府の環境大臣ガブリエル氏は、仮に州政府レベルで運転再開を認めたとしても連邦政府は拒否すると発言した(応訴も辞さないという決意)。州政府環境大臣は、会社への信頼は崩壊したとして、運転認可取り消しも視野に入れ、原子力法規が許す全範囲内で調査と厳格な対応をすると明言している。一方州議会野党の緑・90年同盟とドイツ自民党は、州の環境大臣が原発への監督能力と迅速な情報提供義務において信頼を裏切ったとして辞任を要求している。ドイツ環境自然保護同盟(BUND)は、ヴァッテンファル社への告発を準備中である。
(どこかと違って、市民も政府国家当局も原発に厳しい監視の姿勢を示すことが分かる。)


高知県民をなめたらいかんぜ!!
みなさんの意志表示で核廃棄物拒否条例を制定しようではありませんか。六ヶ所村での再処理を止め、伊方のプルサーマルを止めるためにも。「高知県・核廃棄物拒否条例請願署名用紙」をダウンロード


《写真は高知城公園/げき撮影》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月12日 (木)

ドイツの原発火災続報

6月28日のドイツ原発火災等について、ドイツ滞在中の方から現地報告が届きました。

Kochijokoen52_66月末のドイツの原発事故 (ニュースソースはシュピーゲルSPIEGEL-ONLINE と公共テレビ(第1放送ARD))

 6月28日、北ドイツシュレースヴィヒ・ホルシュタイン州内のクリュメルとブルンスヴュテルの両原発が相次いで事故を起こし、同国の脱原発政策を逆行させようとしていた(社民・宗教保守)大連立政権内の保守部分と電力業界は苦虫を噛みつぶしている
 同日13時過ぎにブルンスヴュテル原発でショートが原因の原子炉緊急停止が行われた後、15時にクリュメル原発で大規模変電設備の火災が発生、猛煙を上げて炎上し同原発も緊急停止した。消火は困難を極め、消防士100名以上が出動した。その際、運転業者のヴァッテンファルは当初否定していたが、原子炉設備自体にも、制御弁やポンプ関連で、重大な影響が及んだことが後日明確となった。その原因と火災との関連は今のところ解明されていない。現場の運転担当者が規定にない操作をした可能性や、猛煙の影響で運転室内でもガスマスクを装着する状態だったことなどが取りざたされている。一般に近年の原発関連技術の低下運転員訓練の不備を指摘する声がある。放射能の外部への影響はなかったとされている。
 運転責任者のヴァッテンファル社はこれら事故間の関連性を否定してきたが、今週に入って、地域の電力ネットワーク内の変動の影響など、一連の事故は相互に関連する可能性があることが指摘されている。原子炉本体は当然として、それ以外の設備の異常が大きな事故につながる可能性が懸念されている。
 今回の一連の事故について何より問題視され批判されているのは、電力業者が州政府の最後通告にもあたる要請があるまで状況の報告をしなかったこと、さらに詳しい調査以前に「安全」と「相互無関連」を発表広報したことで、州政府は運転許可の取り消しも視野に入れて、徹底的な調査を行うと言明した。環境保護団体は州政府の指導監督責任を追及している
 つい最近の世論調査では、ドイツ国民の過半数が、脱原発政策の進行状況について、「現状でよい」または「遅すぎる」と考えており、「早すぎる」または「脱原発見直し」を支持するのは4割程度となっている。「ドイツの原発は大丈夫、我々は責任を持てる」と繰り返してきた電力業界に対して疑惑の目が向けられている。 
http://www.spiegel.de/wissenschaft/mensch/0,1518,491362,00.html

広報の姿勢も、隠蔽体質も、原子力については、どこの国も酷似していますね。


高知県民をなめたらいかんぜ!!
みなさんの意志表示で核廃棄物拒否条例を制定しようではありませんか。六ヶ所村での再処理を止め、伊方のプルサーマルを止めるためにも。「高知県・核廃棄物拒否条例請願署名用紙」をダウンロード


《写真は高知城公園/げき撮影》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月10日 (火)

制御棒神話の崩壊

この4月、東洋町に泊まり込んで町長選挙をサポートしてくださった、東京の高木章次さんの『日本の原発』という記事から「制御棒神話の崩壊」の部分を、ご紹介しましょう。DAYS JAPAN 7月号からです。

Sukumo_3昨年末の、中国電力のデータ改ざんをきっかけに、経済産業省原子力安全・保安院が、全電力12社に総点検を指示、3月末に報告が出ました。原発に関しては97事例455件という恐ろしい結果が出たのです。4月には、さらに追加事例の報告がありました。

驚いたのは、沸騰水型原発(BWR、原子炉の中で蒸気を作りタービンに送るので、放射能が外に漏れやすく作業員の被曝も多い。再循環パイプ配管は特に地震に弱い)で、定期点検中に制御棒脱落事故やその一歩手前の誤注入事故(合計20件)を多くの会社が隠していたことです。
原発の安全は、(核分裂を)止める、(燃料を)冷やす、(放射能を)閉じ込める、の3つを基本としていますが、その中でも最も重要なのは、核分裂を止めるための制御棒がすべて、原子炉に確実に入ることです。

しかし、2件の脱落事故では、臨界(核分裂が継続する状態)事故まで起こしていました。
北陸電力は、石川県の志賀原発1号基で、1999年6月18日に制御棒3本が脱落し、臨界状態となり、緊急停止もできなかったことを今年3月15日に発表しました。これは暴走事故につながる即発臨界でした。
この事故を公開していれば、茨城県東海村で3ヶ月後の1999年9月に起きたJCOの臨界事故(多数の作業員が被曝、2人死亡)を防げた可能性があったでしょう。
東京電力は、1978年11月2日に、福島第1原発3号基で5本の制御棒が脱落して、7.5時間も臨界状態になっていたを、今年3月22日に発表しました。

今回の隠蔽発覚問題では、密室の中で拙速な収拾が進められています。問題点は
1 情報公開がきわめて不十分で、何がおきたのか不明のまま
2 国は制御棒(駆動装置)の構造的欠陥について検討せず、操作手順の問題にすりかえ
3 国は原子炉等規則法違反による運転停止や運転取り消し処分を回避


高知県民をなめたらいかんぜ!!
みなさんの意志表示で核廃棄物拒否条例を制定しようではありませんか。六ヶ所村での再処理を止め、伊方のプルサーマルを止めるためにも。「高知県・核廃棄物拒否条例請願署名用紙」をダウンロード


《写真は宿毛/中島健蔵さん撮影》
写真は【禁転載】でお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年7月 7日 (土)

ドイツで原発火災

ドイツ/ハンブルグ近郊のクリュメル原発変電施設で6月28日火災が発生、2時間後に鎮火したそうです。
原子炉に損傷はなかったようです。
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/europe/archive/news/2007/06/29/20070629ddm007030099000c.html

シュピーゲルのサイトに映像があります。白い液体で消火しています。
http://www.spiegel.de/wissenschaft/mensch/0,1518,491362,00.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)