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2008年3月13日 (木)

広島で被爆した高知県人

広島で被爆した高知県人のひとり、黒石雅子さんの『語り継ごう核戦争の惨禍』という記録集が、手元にあります。仲間のひとりからお借りしました。
被爆者のみなさんは、被爆当日のむごたらしい体験にはじまり、その後、周りからのケロイドを見る目、結婚や妊娠という節目に生じた心の葛藤、体には原爆症のさまざまな症状・・62年余の間ずっと、心身ともに、どれだけの苦悩、苦痛をかさねてこられたことでしょう・・・
核兵器のない平和な世界を実現するしかないと思います。

Kitagawa■14歳で被爆、10年間闘病

黒石雅子さんは、高知県高岡郡越知町生まれ。14歳の女学生のとき、爆心地から1.3kmの校舎内で被爆。体1/3火傷。2ヶ月後帰郷、10年間の闘病。26歳で結婚。子供3人、孫7人。今77歳、被爆体験を語り続けておられます。

■私は原爆をのろう

 われに返って体中を見まわした。両腕、肩から指の先まで、そして首、手で顔をなでてみた。皮がはげ、手のひらにぬれたものを感じた。人間あまり強烈な刺激を受けると、痛みさえおぼえぬ時のあるのを、はじめて知った。
 死人がむらがり、血の流れにそまり、果てしない道を私ら二人もヨロヨロと歩いた。
 8月の日ざしは容赦なく照りつける。アスファルトに私の血とうみが順に跡を残す。くずれ落ちたわが家にようやくたどりついた時は、両方の目がおおいかぶさり、母の顔がようやく見えるくらいだった。すがりついて泣いた。
「よくそんな体で帰れたね、強かった、えらいえらい」と母も泣いた。・・・・

(黒石雅子『語り継ごう核戦争の惨禍』より引用 p9〜11)


《写真は北川村/中島健蔵さん撮影》
写真は【禁転載】でお願いいたします。

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