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2007年12月 8日 (土)

S.オカザキ監督から

ドキュメンタリー映画『ヒロシマナガサキ』のスティーヴン・オカザキ監督から上映会にメッセージが届きました。

Shimanto4『ヒロシマナガサキ』を制作したスティーヴン・オカザキからのメッセージ

アメリカ人がヒロシマやナガサキについて話すと、ほとんどいつも原爆投下の決断の是非をめぐる議論になってしまいます。はたして日本の降伏拒否を理由に、原爆投下が正当化されるかどうか、またどれだけの数のアメリカ人と日本人の命がそれによって救われたのか、などなど。

一方、日本人が話すときは、原爆投下と、戦時下の日本によるその他の行いとを切り離してしまうことが多いのです。まるで日本人は罪のない戦争被害であり、故意に参戦したのではなく、侵略者でもなかった、と言うかのように。

どちらの国も、失われた命や苦しみに対する自らの責任を避けて語りたがります。アメリカ版の物語では、ヒロシマやナガサキの人々の苦しみが無視されています。日本版の物語では、第2次大戦下の中国や韓国、フィリピンや沖縄の人々の苦しみが無視されています。

メディアは、被爆者のことを犠牲者かヒーローであるかのように描き出します。そうではありません。彼らは何とかして生きのびた普通の人々です。同じ状況下で被爆して生き残った人もいるし、無くなった人もいます。爆心から何キロも離れたところで亡くなった人もいれば、爆心からほんの数ブロック先で被爆して、今も生きている人もいます。残酷な人もいたでしょうし、親切な人もいたでしょう。でも生き残ったこと自体は、その人が善良な人間だったかどうかとは無関係なことなのです。

この映画の中の被爆者を見て、あなたのおじいさんやおばあさんのような年配の方々の話だと考えないでください。彼らが手に持つ若い頃の写真を見てください。彼らが話す物語を聞いてください。当時の彼らはあなたと同じでした。背が小さかったり高かったり。そんな彼らがあの朝起きてごはんを食べ学校に向かい、空を見上げたその瞬間、突然人生がそれまでとは違うものになってしまったのです、永遠に。

彼らに起きたことは、私たちにも起こりうるのです。1945年には、爆弾は三つしかありませんでした。今日、広島型原爆の40万発に相当する、何万という核兵器が世界には存在します。

これは、過去についての映画ではありません。未来についての映画です。
あなたは、どのような未来を望みますか?

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