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2007年12月27日 (木)

放射能対策の非科学性

事故対策と後始末とを、いっさい後まわしにして始まった原子力発電の問題点を鋭く告発した名著、槌田敦さんの『エネルギーと環境』(1992年)の5回目は、無毒化も低毒化もできない放射能をつくってはいけない

0723simizu■放射能対策の非科学性

ところで、放射性の廃物対策は、そのそも出発点からして科学技術ではなかった。

一般に、科学技術による毒性廃物対策はすべて二段構えであるまず、毒物は科学技術で無毒化または低毒化し、次に廃棄する。しかし、その無毒化や低毒化が、経済的または技術的に不可能であったり困難な場合には廃棄だけを制限するのでなく生産・移動・使用・廃棄のすべての過程を禁止するというものである。

たとえば、PCBは有用な油である。利用価値は広い。そして、これは放射能とちがって化学反応によって消滅できる。しかし、この消滅作業はきわめて困難である。したがって、この生産・移動・使用・廃棄のすべてが禁止された。

このように、有用であっても処理困難な毒物に対しては生産・移動・使用・廃棄を全面的に禁止しても、誰も文句をいわない。

ところが、原子力だけは、「いずれ科学技術がなんとかする」として、無毒化も低毒化もできないのに、放射能の生産・移動・使用を野放しにしているのである。大量廃棄だけは現在のところ禁止されているが、それも青森県六ケ所村でまもなくなされようとしている。

このようなやり方は科学技術ではない。今後は、放射性廃物についても、科学技術による廃物対策ですでに確立している二段構えの方法を用いなければならない。つまり、放射能の無毒化も低毒化も不可能ならば、放射能の生産・移動・使用・廃棄を禁ずることになるつまり、科学技術であれば、原子力の廃止は当然の結論である

そして、技術が確立し、無毒化と低毒化が容易にできるようになったら、はじめて利用してもよいとすべきである。いずれ解決すると信ずるというのでは、「宗教」である。原子力は科学技術とは相容れない
(第3章 もともと虚構の原子力発電 p168〜169)

《写真は土佐清水/中島健蔵さん撮影》
写真は【禁転載】でお願いいたします。

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