« ジャーナリストの立場から高知県政を見て | トップページ | 仙波さん、よかった!! »

2007年9月11日 (火)

原発労働者の労災認定を

原発で働き、悪性リンパ腫で亡くなった「喜友名正さんの労災認定を支援する会」の発足集会が9月24日、大阪であるそうです。
http://cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=564
原子力発電は、日常的に放射能に被曝しているたくさんの労働者の存在なしには成立しえないエネルギーなのです。

Okinoshima4喜友名正(きゆな・ただし)さんは、泊、伊方、美浜、大飯、敦賀、玄海など全国各地のおもに加圧水型原発を次々移動し、放射能漏れを検査する仕事にたずさわっていました。喜友名さんが被曝した線量は、1997年9月から2004年1月までの6年4ヵ月間で99.76ミリシーベルト。経済効率を優先する長期連続運転、定期検査の短縮化の影響をもろに受けています。次第に体調が悪くなり、2004年2月に退職。5月に血液のがんの一種である悪性リンパ腫と診断され、苦しい闘病の末、2005年3月に53歳で亡くなられました。
遺族が05年10月、大阪の淀川労働基準監督署に労災を申請しましたが、悪性リンパ腫は例にないとして、りん伺(資料を提出して本省に判断を仰ぐこと)もされないまま、06年9月に不支給の決定が出されました。10月に不服申し立てを申請し、現在審査中です。
今年6月8日、さまざまな被曝問題に対して政府への申し入れ・交渉を行なった際、喜友名さんの労災申請を「りん伺に戻し、再検討する」ことを、厚生労働省に認めさせることができました。淀川労基署が下した不支給の決定を取り消し、労災認定を勝ち取るための大きな一歩を踏み出したのです。
喜友名さんが働いた現場は、原発の老朽化に伴うさまざまなトラブルを抱えたきびしい状況だったことが、勤務した親会社から提出された被曝管理台帳のデータから推察されます。労働基準監督署は、喜友名さんの被曝の実態を把握するため、喜友名さんが各原発の何号炉のどこの現場でどのような作業をしていたかについて、詳細に調査を行ない、明らかにすべきです。
過酷な原発の被曝労働で命を奪われた喜友名さんの労災をなんとしても認めさせなければなりません。これまでに労災認定されたのは、長尾光明さんの多発性骨髄腫を除けば、いずれも白血病のみです。喜友名さんの悪性リンパ腫の労災認定を勝ち取ることは、多発性骨髄腫の労災認定と併せて、日本のきわめてせまい労災認定の窓口を開くことになり、日本の原発労働者の補償を前進させます。
(下線は引用者)


自然保護を考えている高知県民をなめたらいかんぜ!!
みなさんの意志表示で核廃棄物拒否条例を制定しようではありませんか。六ヶ所村での再処理を止め、伊方のプルサーマルを止めるためにも。「高知県・核廃棄物拒否条例請願署名用紙」最終集約用をダウンロード


《写真は沖の島/西村健一さん提供》

|

« ジャーナリストの立場から高知県政を見て | トップページ | 仙波さん、よかった!! »

コメント

いいね。

お互い土佐人か。
がんばろうぜ。

投稿: 田中洌 | 2007年10月14日 (日) 18時23分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/172452/7891798

この記事へのトラックバック一覧です: 原発労働者の労災認定を:

« ジャーナリストの立場から高知県政を見て | トップページ | 仙波さん、よかった!! »