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2007年7月23日 (月)

チェリャビンスク 3

地球上で一番放射能で汚染されたチェリャビンスクをご紹介する最終回です。
スラオミール・グリュンベルグによるドキュメンタリー:
http://www.logtv.com/films/chelyabinsk/

Koutijoukouen7_3The cinema verite style encourages these disclosures.A woman talks casually in her own kitchen, Dr. Romanov in his office, Dr. Kosenko among her files.The people are unposed and unprepared to dissemble of put a good face on things.The camera allows us to see that the victims, who were so proud to live where the Soviet Union produced its first atomic weapon, to some degree collaborate in their own undoing: Faced with death and the increasing weakness of each generation, they do not move away, they do feel helpless, and they strive more for financial remuneration that for a cleanup or resettlement.In the final interview, Dr. Romanovinsists that nobody died as a result of the 1957 explosion.Because the interviews seem so informal both to the victims and their victimizers, the camera captures a glimpse not just of a black-and-white situation, but of something much more complex: The victims are not saints, and while the officials are unpleasant, they were also victims of the propaganda of the Cold War, fe d on patriotism, and, of course, threatened with labor camps should they reveal the secret of Mayak.

映像が真実を伝えるという様式は、こうした暴露を勇気づけた。女性は自分の台所で何気なく話したし、ロマノフ医師は彼の診察室で、コセンコ医師は彼女のファイルの間で語った。人々は自然のままで、物事にいい顔をするよう取り繕うような準備もなかった。カメラによって、私たちは、次のことがわかった。すなわち、犠牲者たちは、ソビエト連邦が最初の原爆を製造した所に住むことを、とても誇りにしていたのだが、彼ら自身がある程度何もしないことで協同しているということが、わかったのである。世代ごとに死亡する人や弱まる人が増えることに直面して、彼らは逃げ出さず、救いがないと感じ、引き払うか再定住のための金銭的な支払いのためにいっそう努力した。最後のインタビューで、ロマノフ医師は、1957年の爆発の結果として誰一人死んでないと言い張った。なぜなら、インタビューは犠牲者と、犠牲を強いた者の双方にとてもうちとけた感じであったので、カメラは、ただ明瞭な状況だけではなく、何かもっと複雑なものの瞥見をもとらえたのである。犠牲者たちは聖者ではない。他方、役人たちは不機嫌であり、愛国心を盛り込まれた、冷戦の宣伝の犠牲者であり、そして勿論、マヤークの秘密をもらした場合には、強制労働収容所行きで脅されていたのである。


When they evacuated us... they made us sign a form saying that we wouldn't reveal state secrets. Of course, we knew what that meant... People knew where we were from, and were afraid of us; they thought we might be contagious.They shied away from us like people do now if you have AIDS. - Sofiya Khrylenko, retired teacher from an orphanage

彼ら(当局)が私たちを避難させたとき・・彼らは、私たちが秘密を明かさないという署名書式を私たちに書かせた。もちろん、私たちはそれが何を意味するか知っていた。・・人々は私たちがどこから来たか知っていたし、私たちを怖がっていた。人々は、私たちから接触感染するかと考えた。それで、人々は私たちからすばやく遠ざかった。まるで今、AIDSにかかった人に人々がするように。  ソフィア・クリレンコ、孤児院の退職教師


The reasons for making this film are clear: the story of these people needs to be told, and needs to be shown to the Western audience, as well as the Russian one.The film operates on three levels: the most immediate is that of a region in crisis, a region where people expect to live to be 50, perhaps 55, where as many as 90% of the children suffer from chronic illnesses.They deserve attention and help at least as much as the victims of Chernobyl.

この映像フィルムを製作した理由は明らかだ。犠牲になった人々の顛末は、語られる必要があり、西側の聴衆およびロシアの聴衆にもまた、見てもらう必要がある。フィルムは3段階だ。最も直接的なレベルは危機にある地域であり、人々が50歳になるか、たぶん55歳になるまでは生きるとする地域であり、90%の子供たちが慢性疾患に煩わされるような地域である。彼らは、少なくともチェルノブイリの犠牲者たちと同じくらいの注意と救援を受けるに値する。


But the story is also a cautionary tale.Because this is not one cataclysmic even, one explosion, one calamity resulting from short-term carelessness, but the effects of a long term policy of skewed priorities, the film also illustrates the dangers of allowing a government to put military secrets above its people.

しかし、顛末はまた、警告的な話でもあった。なぜなら、これは、ひとつの大変動でも、ひとつの爆発でも、短期間の不注意によるひとつの災難の結果でもなく、長期にわたる歪んだ優先順位による政策の結果である。フィルムは、軍事機密を人々(の幸福)より優先させる政府を許してきた危険性をもまた、描いている。


Finally, it is a story about the dangers of nuclear power and the production of nuclear weapons.

最後に、これは原子力と核兵器の製造がいかに危険であるかという顛末でもあった。


Nobody knows anything about us.Chernobyl happened, but that's Europe.The pollution reached Europe, and the whole world was upset.But us, out here in the backwoods of Russia? Nobody knows about it, nobody in the world cares about the fate we've sealed for ourselves here. - Farida Shaimardanova, Muslyumovo teacher

私たちのことは誰も知らない。チェルノブイリは起きた。それはヨーロッパでのこと。放射能汚染はヨーロッパに届き、世界中の人々が憤った。けれど、私たちについては、ヨーロッパの外のロシアの僻地の私たちについては、どうでしょうか? 誰もそんなこと知らないし、ここで私たち自身が封じ込めた私たちの運命について、世界の誰もかまってはくれない。  ファリンダ・シャイマルダノフ、ムスリュモフの教師

「チェリャビンスク」をダウンロード


高知県民をなめたらいかんぜ!!
みなさんの意志表示で核廃棄物拒否条例を制定しようではありませんか。六ヶ所村での再処理を止め、伊方のプルサーマルを止めるためにも。「高知県・核廃棄物拒否条例請願署名用紙」をダウンロード


《写真は高知城公園/げき撮影》

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