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2007年5月 7日 (月)

今あるごみをめぐる議論

ブログ上の議論は錯綜して起こり、全体像が見えないことがあるので、整理しておきましょう。
5月2日に石橋克彦さんの
「どう対処するのが最も賢明か、日本社会全体で真剣に再考すること」を引用したことについて、
http://geki1015.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_b521.html
「ご自身のご意見をまず明確にされる必要があるのではないでしょうか」というコメントをいただき、これまでくり返し書いてきたことではありますが、
「エネルギーの浪費をやめ、原子力発電と決別することが、日本人として最も賢明な選択肢であると、私は考えています」と回答いたしました。

Hharisennbonnjpg_5すると、さらに
「"今あるゴミはどう処分するのでしょうか"への回答とはなっていないように思われますが、いかがでしょうか?」とのコメントをいただきました。
また、
「"出してしまったゴミ"の処分は、やはり僕たちの世代の宿題と思います」とのコメントもいただいています。
http://geki1015.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_f452.html

これまでの回答を整理します。
原子力の専門家たちが、これまで60年間研究し続けてきてもなお処分方法が決まっていないものを、素人の私に回答できようはずがないではないですか!?

ある科学者は、こう発言していましたね。
「煮ても焼いても消えることのない物質と生物は地球史的に共生できません。ウランなどの重金属を地球深くに重力分化を行った結果生物の住める星になった36億年の地球史を、逆戻りさせてはいけません」と。
http://geki1015.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_f582.html

石橋克彦教授は、
http://geki1015.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_b521.html
で引用した続きに、こう述べています。
「多くの人々は、現代日本のエネルギー源として原子力は不可欠だからHLW(高レベル放射性廃棄物)の地層処分をどこかが引き受けるのは仕方がないと他人事のように言う。しかし、これは本末転倒も甚だしい。
核廃物の後始末が確実に可能かどうかは核利用技術の重大な一部だから、それを含めて原子力発電の当否を考えるのが理の当然であろう。深刻な健康被害によって全面禁止に向かうアスベストの例もある。
電気を無理に使わされるような私たちの暮らし方が健全なのかどうかというレベルにまで立ち返って、全国民、とくに都会人がHLWの問題を真剣に考える義務がある。
それと同時に、"科学"を騙って国民を欺き苦しめる施策に加担しない倫理観と、真の科学にたいする誠実さが、専門家に求められている」

私たち市民運動としては、
1 原子力発電の是非について国民的議論にする
2 棄てられないごみをこれ以上出さないために、原子力発電そのものを止める
その第1段階として、今年11月にも本格稼働してさらに厄介な高レベルのごみを出す六ヶ所村での再処理を、まず止めるしかない!! と考えています。
県条例は、1について県民世論に訴える手段のひとつでもあると考えています。

高知県民をなめたらいかんぜ!!
みなさんの意志表示で核廃棄物拒否条例を制定しようではありませんか。六ヶ所村での再処理を止め、伊方のプルサーマルを止めるためにも。「高知県・核廃棄物拒否条例請願署名用紙」をダウンロード


《写真はハリセンボン/岡田充弘さん撮影》

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