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2007年4月23日 (月)

終わりのはじまり

新しい東洋町長沢山保太郎さんが誕生し、国と原環機構の
"横暴の終わり"が始まろうとしています。
全国のみなさんの熱い激励を胸に、私たち高知県民は住民自治と地域経済の自立をめざしていきます。
http://www.kochinews.co.jp/0704/070423headline02.htm#shimen2

422sawayama02「おめでとう!」
「やったやった!」
支持者が手を握り合い、肩をたたきあう。
「ただちに調査を中止します」—。ひたむきに反対を訴えた沢山さんが1000票以上の差をつけ、圧倒的な「答え」を引き出した。
壇上に立つと「熱くお礼を言います」と重々しく第一声。
「町内の融和に努力します。核の火だねを、一刻も早く解消します」と続け、大きな拍手を浴びた。

Zimusyo1■核廃反対/今後の対応
原子力発電環境整備機構(原環機構)も国も、結果を重く受け止め、5月にも始まる文献調査を中止してもらいたい。原環機構には23日に町長名の文書で応募の白紙撤回を申し入れる。資源エネルギー庁にも文献調査の中止を求める文書を送る。早く臨時議会を招集し、放射性物質を町に持ち込ませない条例や住民投票条例を制定したい。核廃については橋本知事とも一心同体。共同戦線を張りたい。
■田嶋前町長と早急に会う意思は
私の方から連絡して明日にでもお会いしたい。立場は違えど、信念を持って町政に取り組まれたと思う。今まで核廃以外のことで失政があったわけではない。「ごくろうさま」と言いたい。推進派議員にも今回の結果を尊重してもらいたい。財政や災害対策、雇用対策など深刻な課題がある。議員全員が一致団結してもらいたい。
■国に対しては
原子力政策の破たんを認めてもらいたい。核廃の処理の見通しもないまま、原発を造り続け、ごみを生み続けている。そんな無責任なやり方を小さな町が拒絶した。

Sushi国は制度見直せ/橋本知事

東洋町長選挙の選挙結果を受け、橋本大二郎知事は22日夜、「あれだけ差がついたことは、最終処分場誘致への町民の強い反対の証しだと思う」と述べ、「もっと民主的で透明なルールを考えるべきだ」と原子力政策の見直しを求めた。
橋本知事は、自治体に多額の交付金を支出し、施設誘致を進める国の手法を「札束でほおを張るようなやり方だ」と指摘。「本来やる必要のなかった選挙で町民がどれだけ苦しみ、悩んだかを考えてほしい」と国側の姿勢を厳しく批判した。(4月23日付高知新聞社会面より引用)


4月22日は、昨年10月22日ブログ『それがたまるか!!』を開設以来、ちょうど半年経過の記念日であり、
反核運動が"終わりのはじまり"となる日と重なりました。
アクセス数は、5万5千9百件を突破です。
ごらんいただいている皆さん、ありがとうございます!!
これから全国的な脱原子力の運動へと、連帯を深めます。
また「高知県・核廃棄物拒否条例」請願署名運動を再開しました。「高知県・核廃棄物拒否条例請願署名用紙」をダウンロード

よろしくお願いいたします!!


《写真上/当選の歓びを住民と分かち合う沢山さん/下司孝之さん撮影》
《写真中/沢山さん選挙事務所/写真下/東洋町名物こけら寿司など婦人部のみなさんのおもてなし/西村健一さん撮影》

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 東洋町長選挙は核のゴミ反対派の沢山保太郎さんの圧勝でした。投票率は89%。得票 [続きを読む]

受信: 2007年4月23日 (月) 18時07分

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