街頭署名の嘆きと喜び
東洋町長が高レベル放射性廃棄物最終処分場に応募した
1月25日以降、毎週土日14〜16時、街頭に立ち署名運動をしています。
街頭に立つ仲間は、多いときで20人近く、最近は常連さんだけ3、4人ということもあります。署名を呼びかけても呼びかけても、次々と知らんふりで素通りされたり、「わしゃあ、賛成じゃ」と大声あげられたり・・がっくりすることも多いです。
けれど私はこのごろ強がりではなく、ふっきれた感じがしています。毎日必ず、いい出会いと対話があるからです。
愉しいのは、中高生との対話です。
「放射能のごみを高知にもってきたらいかん!ゆう条例をつくる署名です。ご協力くださ〜い」と呼びかけると、立ち止まり、あるいは自転車を停めて、真面目な顔で応じてくれる少年少女たち。
「そばにおったら、2、3秒で神経やられてショック死するようなごみを、4万本も埋めるがや、と」
「それ、まじっすかあ」「やばいっすね」
「埋めるゆうても、南海地震来るで、ねえ?」
「えっ、そうや、やばいっすね」
「昼も夜も大量に電気をつくるき、日本列島は、世界一明るい夜ながや、と」
「うんうん、知っちゅう、知っちゅう」
「どうしたらえいろうねえ?」
「う〜ん・・」
「コンビニらあ、夜じゅう、いるろうか?」
「のうてもかまん」
「自動販売機、ないといかんろうか?」
「のうてもかまん」
「夜は寝えたほうがえいでねえ?」
「そらそうや」・・・
「こわいごみつくるような原子力発電のこと、また考えてよ」「ありがとう!」
未来は君たちに託すよ!!
団塊世代とおぼしき女性、「こんなに情けないこと・・言葉もない」と情けなさに涙をにじませる。住民を無視して応募した町長、それを歓迎した国とNUMOの理不尽さ、この社会の現状に対する無念の思いを共有。
「昔、祖父が"坊主と教師が悪いき、日本は良うなることはない"と言ったけれど・・そのとおりになった」
「政治家も・・、ですね」
「市民の良識が通らんなったのは、小選挙区制から」
「ほんとに、仕組まれてきましたね」
「"晩年になって、こんなに醜い社会を見るとは・・"と
嘆いた女性画家がいるが、同感」・・
きのう、しばし立ち話で共感が深まり、署名用紙を持ち帰ってくださいました。
そして、きょう終了時刻ころ、自転車でかけつけて来られ「署名用紙をもっと」と。
嬉しいです。街頭でも、こんな出会いがあるのです。
《写真は四万十川/中島健蔵さん撮影》
写真は【禁転載】でお願いいたします。
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コメント
>常連さんだけ3、4人・・・・
の内の一人です。
常連3~4人の平均年齢は限りなく還暦に近くなっています(笑。
プラカードでもアピールしましたが、万一廃棄場ができ埋設されるにしても、それは私たち3~4名の平均余命より先の話です。
不安を抱えて暮らしていかなければならない方々は私たちよりず~っと若い方達なのですが・・・。
事の賛否は別として30~40歳代の、特に男性の方達の関心の薄さには悲しいものがあります。
たまに立ち止まってくれる方に話をすると皆が皆「それがたまるか!」との反応をしますが。
その年代の男性は生活が大変でそれどころではないのでしょうか。
嬉しく思ったり、落ち込んだり、上げ下げがおおきな活動ですが、初老世代はめげずに子や孫のために頑張るのみです。
投稿: yamamoto | 2007年3月 1日 (木) 09時54分
こつこつ日常を大切にしてゆくのが一番ですね。
いつでも手をおろせるからね、といいつつ手を上げたらなかなか離してくれないことが、こんなに早い段階でわかったのがもうけものですね。
町長を昔の仲間が諭したら、涙を流しながらそれでも首を縦にふれなかったというのは、これはなにかありますね。尋常ではない。
東洋町のポンカンはどこで分けて貰えますか、こんなことしか出来ないけれど。
投稿: 下司孝之 | 2007年2月27日 (火) 12時35分